くらい森の中、葉からこぼれたひと滴が百の詩篇になりながら堆積した過去を濡らすとき、僕は口を開くことはない―瞬間の眩しさに射貫かれて心を停止している、汗に濡れ、歩き続けて疲弊した身体を抱えて―落ちて砕けた滴は霧散していくつもの命のきっかけになる、名もない植物たちや名もない生物たちがその一滴を待ち続けている、名もない…僕は。いつか高名な学者が言ったある言葉を思い出す、「名もない花というものはない。名も知らぬ花と言いなさい」素敵な言葉だ、信じるに値する言葉だ、でもそれは違うのだ、やはり―音楽が音符から始まったものではないように、花もまた名から始まったものではない、見つからぬ花は、やはり名もない花なのだ―ここに居るとそうしたことが瞬間的に理解出来る、まるで霧散した滴が呼吸と共に吸い込まれるかのように、だ―木のうろに座り、少しの間眠る、眠るうちに、一本の木になった夢を見る、太陽を臨み、大地を掴み、澄んだ水を汲み上げ、静かにのろのろと上昇していく一本の木になった夢を、それはおそらくうろにしまい込まれたその木の記録なのだ、本当の生命には輪郭がなく、可能な限り運命に委ねていく感覚だけがある、なぜか?それは呼吸をしているからだ、生まれたその瞬間から、自分であるために自分でないものを取り込み続けているからだ…僕は目を覚ます、そして、こうしてうろの中で目を覚ますのはいったい何度目だろうと考える、もうそれは数えられない、子供のころからそうしていたからだ、数え切れないほどの記憶がそこにはあるのに、そこで目覚めた瞬間のことはすべて覚えているような、そんな気になる…立ち上がると、太陽の向きは変わっている、午後になると、森は急に薄ら寒くなる、彼らにとって太陽はきっと、午前の間だけ意味を持つ、そう表現せざるを得ない―森の中で午後を迎えるということは、ひとつの役目が終わる瞬間を目の当たりにするということだ―霧が少し濃くなった気がする、馴れた森だから、慌てることはない、ちょっとしたコツを掴むだけで、来た道は覚えていられる…爆撃の後のように隆起と窪みを繰り返す地面を辿りながら、いつも思うことがある、森を訪れたのか、それとも帰って来たのか―家に帰ることは、森を出ていくことだ、当たり前のことのはずなのに、そこには奇妙な違和感がある、僕は少し木々に取り込まれているのかもしれない、人間よりは植物に近いと思うことがよくある、それは森に居る時より、人の中に居る時にこそ感じる―森で迷うやつらのことを思う、迷って、出られなくなって、そのまま息絶えてしまう連中のことを…彼らはきっと、帰りたくなくなったのだ、迷ったのではなく、惑わされて受け入れたのだ、愚かな愛に溺れるみたいにそうして死んでいったのだ、僕は歩みを進める、その時きちんと目的のことを考えていないと、彼らのように帰れなくなる気がする、眠ったうろから離れていくに従って、足が深く土に沈み込む気がする、古い芝居のように、愚かな女のようにこの場所が僕に未練を告げ、僕も心のどこかでそれに答えようという気持ちがあるのを覚える、そうすればおそらく僕の心は、この森を出ていくことはないだろう…僕は森で死ぬことを夢想する、いつか肉体が朽ちる時が来たら、そんなことを願うのもいいかもしれない、だけど僕はまだ、空を目指して立つには至らない、スニーカーの裏にアスファルトの感触を覚えると、立ち止まって振り返る、ついさっき歩いてきたはずの道は僕に捨てられた森に隠され、他人のような顔をした彼らの向こう側に、夕日が燃えながら落ちていこうとしている。
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