不定形な文字が空を這う路地裏

狙いをつけるのは銃弾の役目じゃない

 

硝子細工の汚れが気になって仕方が無いが触れると壊してしまいそうな気がして手を出せないままでいる、世界は今日もそんな類の平穏で満ちていた、十五年は前の歌ばかりうたいながらシンクに転がっていた皿を片付けるとようやく今日やるべきことのほとんどが終了した、だからワードを叩き起こしてシリアスの真似事をしているというわけさ…なに、もっと低俗なごっこ遊びに夢中になっている奴らだってごまんといるさ、選択肢はいつだって用意しておいた方がいい、もしもなにもかもを素直に信じ込んで取り返しのつかない傀儡になるのが嫌ならね…遮光カーテンを動かさないせいでまるで把握出来ないのだが、まだ天は煮え切らない薄雲で満ちているだろうか、それとも予報の通りに少しは光が増しているだろうか?確かめることも出来たけれどしなかった、どうせあと一時間もすれば洗濯物を取り込まなければならないのだから、そのときでいい―昔、眺めの良さに惹かれて四階の部屋に住んだことがあった、ところがほとんど時間をこんな風にカーテンを閉ざしたまま暮らしていたのさ、建物の前は開けていて、誰に覗き込まれる心配もなかったというのにね―思うにこれが性分というところなのだろう、部屋の中にいるときには、自分以外に必要なものはない、座っているとどのみち、ベランダに遮られて空の色が見えるのみだったしね…いつだったか、そう、開放されている津波非難タワーに上って、海の上に果てしなく広がる空を眺めたことがあったよ、もしもあんな景色がいつでも見られるのなら、俺だってカーテンを開けっぱなしで暮らすかもしれないな、ディスプレイは軽快に文字で埋められ続けていた、その文字がいったいどんな意味を持っているのか、正直なところ俺にはよくわからない、もちろん、良いものなのか悪いものなのかすらさえも…だけど、そんなことはどうでもいいことなのだ、この文章が誰に何をもたらすのか、それを判断するのは俺のすることじゃない、この羅列に何かを感じて飛び込んできた誰かがすることだ、そして、なにもしないならしないでもいい、このすべては言葉本来の意味で語られてはいない、イメージを表現するために言葉を用いているだけのことだ、絵具と同じだ、単色のままで絵画が描かれることはほとんどないだろう、それは様々な色と混ざり合って様々な配色になっていくはずだ、詩における言葉も同じようなものさ、すべての言葉がひとつの塊になって、印象によって何かを語っているんだ、すべての要素の混在の中で、書き手すら理解していない欲望が綴られるってわけさ…本来、あらゆる表現は、そいつにとって一番正直なかたちで生まれてくるのが正しい、他の誰かが編み出した方法に則って書くのならそれは方程式と同じだ、ⅩとYの数字が変わるくらいのものでしかない―先人の残したものに従えば、追随しか生まれない、頭でっかちになって無難なものしか作れない連中が口にしていることを聞いてみなよ、みんなそういうテンプレートに則った動きしかしていないのさ…詩にとって、言葉は道具に過ぎない、言葉本来の意味をそのまま使うだけなら、それは詩情とは言えない、風景を説明しているに過ぎない…ある種のイメージの為に意味の沼を作る、無数の意味を混在させてイメージに近付かんとするのだ、そうすることによって、言葉が、フレーズが多様化する、その、乱立するイメージの吹き溜まりを詩情というのだ、俺が心惹かれてきたのはそういうものばかりだった、衝動のままに、未整理の言葉を吐き出さずにはいられない、そんな羅列こそが心を躍らせたのだ、ここには何かある、知らないものが隠れている、これだけの羅列を生まなければならなかった理由を知りたい…まるで樹海だ、そこには生々しい死体すら転がっているに違いないさ、死に化粧も儀式も必要ない、地に還ることがもっとも正直な行為のはずだ、文明は文化を隅へ追いやってしまった、スワイプに適した読み物や歌が溢れ、もはや社会は生きながら亡霊と化したものたちの群れだ、理由もないままに、わからぬままに、数十年維持されてきたクソみたいなシステムと風習を繋げ続けている―そして生まれた歪みに頭を悩ませるのだ…笑わせる…あらかじめ歪むために生まれてきたような魂たちの癖にさ、どいつもこいつも、まともだって思い込んでいるから、それがどうして生まれてくるのかわからないのさ―なにかを信じることは枠を設けるということだ、見える筈のものが見えなくなり、聞こえる筈の音が聞こえなくなってしまう、「ここからここまでが必要なのだ」って、自分で設定しちまってるんだ、そしてそれは、二度と更新されることがない―おそらくはね―誰かの為に言葉を吐こうとは思わない、これは俺が生き続けるための儀式なんだ、だけど、もしも出来のいい見世物だって思ってもらえるんなら、俺はそれを嬉しいと思うだろうね。


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