不定形な文字が空を這う路地裏

にんげんに生まれなくてよかった




にんげんに生まれなくてよかった
ありあわせの価値観や
なあなあの絆で
日々を適当に真面目にやる
にんげんに生まれなくてよかった


にんげんに生まれなくてよかった
産業音楽に涙をながし
旬な役者で固められるだけの
いつかと同じ週一のドラマを楽しみに待ち
SNSで顔も知らないともだちと盛り上がる
にんげんに生まれなくてよかった


おれは詩人だった
たぶん生まれたときから
おれはサイコーに詩人だった
今抱え込んでいる面倒事のすべてはおれの誕生のおかげで生みだされたものだ
おれは詩人なんだもの
さもありなん


にんげんに生まれなくてよかった
バーゲンに血相を変え
スマートフォンの発売日には行列に並ぶ
にんげんじゃなくて本当によかった
にんげんに生まれなくてよかった
夏の終わりには二四時間マラソンに齧りつき
まるで自分がいいことをしたような気分で
ぬくぬくと眠りについたりするような
にんげんじゃなくて本当によかった
寸法通りに鉄を加工したり
四六時中給仕に徹したり
ガリガリ道をこじ開けるユンボのそばで
旗を振って歩行者を安全に誘導したりするような
そんなことに大真面目になる
にんげんに生まれなくて本当によかった
すでにあるものに寄りそうと
すでにあるもの以上のものにはなれない
ありもののイデーはそりゃあ収まりはいいだろうし
既定のものを規定通りに出来るようになれば
なにかいっぱしのにんげんになったかのような
ゴキゲンな錯覚だって簡単に出来るだろう
緩慢な毎日の中で誇り高く言いなりになる
にんげんに生まれなくて本当によかった


今日
おれは昼休み
台風が近付くなかを
小さな傘をさして歩いていた
膝の裏まで雨でぐしょぐしょになりながら
京都弁で話しかけてくる自動販売機で温かい飲物を買って飲み
すぐそばの休憩所のトイレでひと息ついて
仕事場に戻る途中
小さなレストランの駐車場に
一台の車が止まり
一升瓶みたいな体型のじいさんが運転席から下りて
傘をさして反対側のドアを開け
同じような体型のばあさんが下りてくるとき
濡れないように傘をさし向けた
そしてふたりはなるべくたがいを濡らさぬよう
しっかりと腰に手を回しあって
静かに店の入口をくぐっていった
きっとふたりは生真面目な生真面目な人生の褒美として
そんな毎日を手に入れたのだ
おれは
小さな傘をさして
膝の裏までずぶ濡れになりながら
そんな光景をやり過ごした
おれはにんげんには生まれなかった
面倒事を抱え込んで生まれてきた詩人だった
台風が近づく十月の終盤
おれは傘をさして彼等とすれ違った
かれらはとても大人しく
おれはずぶ濡れてささくれ立っていた
にんげんに生まれなくてよかったが
おれは
きっとあのふたりのように老いることは出来ない
この詩を
書いているいまは夜で
激しい風の音も
トタン壁を叩く雨の音も
もう
しなくなった
ただ人の声がして
ただ車が行き過ぎている







明日はひさしぶりに晴れ間も覗くらしい

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