飛び降り自殺の野郎の影が派手なネオンを一瞬遮り
それよりも派手で忘れられない思い出を付近にばら撒いた
時刻はだいたい七時半過ぎ、小腹を空かせて転がり込んだ老若男女が
食べられないどころか吐き出しながら、でも
事の顛末を見届けるまでは立ち去れない覚悟で遠巻きに輪を作っていた
誰かが交番に走ったのか、それとも店舗の誰かが連絡したのか
驚くほどの早さで警察がやってきた、彼らは飛び降りた男の状態を確認すると、何事か頷きあって
ひとりが無線で「死亡」と告げた
それは多分素人でも可能な確認だった、無脳症の赤子の写真みたいな様子で
騒ぎの主は仰向けに倒れていた、携帯電話のカメラのシャッターの音がふたつ、誰かが咎めるように振り向く
「あんただってずっとここにいるじゃないか?」そう囁かれたら
あいつ、いったいどんな顔をするだろう―俺はそこを離れて、どこかで食事を取ろうとした
件のビルからそう遠くない路地で派手な髪の女子高生が電話をしながら吐いていた
「そうなの、マジ見ちゃって~、ぐしゃぐしゃでさ、ぐしゃぐしゃ…あーちょっと待って…(ゴボゴボゴボ、フィーッ)もうほんとサイアク、肉食えない…」
なんでか知らないが彼女達は俺のスイッチを入れてしまった、俺は周囲を見回した―こちらを見ているものは誰もいなかった、俺は彼女らのいる暗がりに近寄り、丸い背中を一度づつ蹴り飛ばした、「おほっ」と彼女らは言った
俺は何食わぬ顔をしてそこを離れた
少し歩いたところで見知らぬ女に腕をつかまれた「こんばんわー」「こんばんわ」女はおじさんにウケそうな清楚な身なりをしていたが微笑が胡散臭かった
「おつかれですかぁ~?」俺は語尾を長く伸ばす甘え方が世界で二番目に嫌いだった「凄くお疲れだよ。」
「癒されたいと思いませんか?」「思うね~。」
「じゃあ、私達の集まりにきませんか?魂のレベルでキレイになれますよ~?」俺は彼女の腕から自分の腕を引き抜き、彼女の方を強く抱いた
女は、えっ?という顔をした「ちょうどよかった」と俺は言った
「ついさっき、そこで飛び降り自殺があったんだ。そいつの魂を癒してやってくれ、さあ行こう。」あ、えと…と女は言った、明らかに困っていた
「なにか飲みたくないか?缶のお茶でよければ奢ってあげる。」と俺は助け舟を出した、うん、うん、と女は頷いた「待ってな。」
自販機のところで振り返ると女は一目散に逃げていくところだった、俺は人目も気にせず大声で笑った―おまけに女は自殺の現場に向かっていた
缶コーヒーを飲んで一息つくともうやることはないような気分になって帰路についた、
あーあ
ダブルブッキングなんてまさか思いもしなかったぜ
最近の「詩」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事