不定形な文字が空を這う路地裏

鮮やかな薔薇が浄化する姿を









しおれ落ちかけたまま凍てついた薔薇の花弁にお前の名前を書いて跡形もなくなるまで深く愛そう、それは留まった生でもあり早まった死のようにも見える、街灯の様に頭をもたげて…リノリュームに視線を落としている花弁、窓からの弱い月灯りが壁に映した影は声もなく泣いているみたいに見えた…すでに死んだ愛、お前の零度の側のぬくもりを愛そう、俺はアルコールに脳をやられながらソファーの上で深海を見る、花弁を垂れて凍てついたお前を連れてゆく…光の当たらない暗い暗い海の底へ…イソギンチャクがお前の懐から落ちた最初の夜の想い出を不味そうに啜っている、深海の圧力は頭蓋骨を軋ませる、哀しみに化けることがないならそれが一番良い、最も素敵な終りは記憶を撃ち抜かれることだ……海底に横たわると無垢な砂がほんの少し舞い上がって、気をなくしたみたいに少し漂って落ちる、聖堂のステンドグラスから静かに降りてくる天上の埃の様に…いびつな形の深海魚たちが懸命に唇を動かしている、讃美歌だ…ハレルヤ、ハレルヤ…グロゥリィー……俺の耳には確かにそう聞こえた、光の当たらぬ場所で光を讃える馬鹿ったれども、ルシフェルの小便でも沸かして飲むがいいさ…妄信が築き上げる世界などこの世にはない…俺の胸もとから解かれた花弁が、お前の名を記した花弁が、ゆっくりと離れてゆく…暗闇の中それはささやかな点となってそして消える…まるで救いのない浄化みたいだ、暗闇に浮かびあがっていく薔薇の花弁…!それは哀しい転生を思わせる、刃の突き出た分娩台へと産まれおちてくる赤ん坊のすぐさまの未来を思わせる…産声なんか聞こえるわけがない、そいつはすでに背中に大穴を開けられている、何の為に産まれてきた、何の為に…ブランケットの重みほどもない、小さく、穏やかな生命……海の中に居るのだ、お前の海の中に…運命は静かに海底を目指すようなものだと、産まれる前からお前は感づいていたのか…?アンコウが小魚を含むみたいにひとつの命が消える、俺の塞がれた耳にはその時の音がはっきりと聞こえるよ…ああ、ああ、泣けないものが本当は一番哀しいのさ、海草の様に届かない手をゆらゆらと頭上へ伸ばしているんだ、ハレルヤ、ハレルヤ、グロゥリィ…どんなことの為に神を信じればいい、どんなことの為に俺は信仰を掲げればいい?赤ん坊の背中に開いた大穴の為に…?馬鹿なことだ、俺の背中に、それがないなんて、俺は一度でも口にしたのか?俺が泣けないものでないなんて、いつ口にしたというんだ…?性急な、蛇のような…おぞましい唇の魚が海底を突いている、あいつは何を食っているんだろう…俺にはその口もとまでは見とめることは出来ない…ただそいつが砂に一撃をくらわせるたびに、何かの痛みが、そう…何かの痛みが右腕あたりを駆け上ってくるのが感じられるだけなのだ……見えないところで何を見ている?見えないところで何を見ている、見えないところで…深海魚たち、深海魚たち!退化した目で俺の網膜を見つめろ!俺の網膜にどんなものが焼き付いているが、そうと判るまで眺めるがいい、燃えるような薔薇の紅をお前たちは知らないだろう、俺がついさっきまで抱いていた、記憶!それが散るさまを見たやつはいるのか?下衆な唇で突いたりしなかっただろうな?もしもそんなことしたやつがいるんなら一匹残らず唇を剥いでやる…殺してやるぞ、侮辱にも等しいやり方で……水圧のノイズの中で俺は花弁の哀しみを忘れた、他に気にしなければならないことがたくさん出来たから……死、以外の罰など果たして有効なのか?慈悲があるから神は間違えてきたんじゃないのか…ああ、届かないもののことを考えていても仕方がない、俺の頭蓋骨は軋み続けている、ああ、あいつらの下衆な唇を…俺は泡を吐く、産卵の様に……浮かんでいるのか…?確かに産まれているのか……水底の闇は濃度を増した、俺にはもうなにも見えるものはない…

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