頭の中で忌々しい羽音を立てている糞にたかる虫を追い出せ!俺の前頭葉で朝からずっと、ブルー・インパルスの曲芸飛行みたいにくるくる飛び回りやがって…これが現実の風景ならDDTでも散布して退治しちまえるんだが、いかんせん頭蓋骨の中とはな!手も足も出やしない
ケトルいっぱいに水をぶち込んで一日中珈琲が飲めるぐらいの湯を作った、だけど珈琲の粉のありかが判らなくなっていてそいつを見つけ出すのに半日もかかった、それだけで今日俺の計画はすべてがずれ込んでしまったんだ!!忌々しい、忌々しい、忌々しい…
一度は口に長いノズルを含んで脳までDDTを注ぎ込もうと本気で考えた、本気でだぜ…まったく理性を失った人間はなにをやらかすか判ったもんじゃない、あの時ラジオでボブ・ディランが聞こえてこなかったら今頃きっと天国の扉をノックしていたことだろう―入れてくれるかどうかは別にしてな
別れた恋人に電話して珈琲の粉のありかを聞いた、あの女の声を聞くなんて絶対にごめんだったけど…そうでもしなきゃきっともっと時間がかかっていただろう「ああ」あの女は言った「流しの上の棚の一番上よ。」「どうしてそんな妙なところに珈琲の粉を置かなきゃいけないんだ!?」「あなたがそうしろって言ったの。あなたがまだまともな人のふりをしていたころにね。」「ちっ、もういい、判ったよ。」「ちょっと、礼くらい…」俺はそこで電話を切った、そんなことを俺が本当に指示したのかどうかは結局思い出せなかった
そんなことはどうでもいい、珈琲だ…ウンザリするほどのカフェインの精鋭部隊を腹の中に送り込むんだ、消化器系統の内側のひだからがんがん吸収して、脳内を飛び回る虫を蒸しちまうんだ、カップは!カップはどこだ!!今度はもう電話するわけにもいかないぞ!流しの中、オッケィ
カップに粉を入れ、ぐらぐらに沸いた湯を冷ましもせずに注ぎ込みながら、もし仮に上の棚に俺が入れろと指示したのだとしたら、ともう一度考えてみた、もし仮に俺がそこに入れろと指示したのだとしたら、いったいそれはどうした理由があってのことだったのだろう?やっぱり思い出せはしなかった、そこで俺はコーヒーを入れるとテーブルの上に置いてレコードを物色した―おっと、馬鹿にすんなよ、CDくらい持っている…でもこういうときはレコードじゃなくちゃ駄目なんだ、CDは振動なんかしねえからな、脳の中まで響かせたいときはレコードじゃなくっちゃいけないんだよ
「山羊の頭のスープ」を引っ張り出して埃をチェックし、ターンテーブルに乗せた、「ハートブレイカー」のイントロが聞こえてくる…それを聞きながら膝を揺らし、火傷覚悟で珈琲を口に流し込んだ、おお、まるで火のようだ、俺の心はガキのころに砂漠の近くで見たサーカスのフォルダにトリップする、日を飲み込む魔人が居たんだ、あのオレンジ色のテントの中に…照明を落としたテントの中で赤々と燃える火をこともなげに飲み込んでいく魔人、あいつが数十年ぶりに記憶の扉を開けて俺の目の前で再び炎を飲み込んだ、「お前のやり方は間違っている。」口の両端から余った火を噴出しながらそう言う
そういえば、あのときの火はずいぶん赤かったような気がするな…マグネシウムに色をつけたようなそんな発光だった、そんなふうにテントの真ん中で激しく燃えていた…今思えば何か特殊な仕掛けのある火だったのかもしれない、だとしたら俺のやり方は確かに間違っているんだろう!俺はやつの真似をして大きく口をあけて天に向け、まだぐつぐつと音を立ててそうな珈琲を流し込んだ―焼けるような痛み!刃物を突っ込まれたみたいだ!!しかし俺はゆっくりと注ぎ、飲み込み続けた、頭の中の虫が間違いなく動揺したのを感じたからだ…やつらは宿主である俺が狂ったと考えたのかもしれない、確かにまだそこに居はいはしたがじっと動きを止めてことの成り行きを見届けようと決めたらしかった
俺は目を見開いて自分の喉に注ぎ込まれる珈琲を眺めた、光に透けたブラウンの帯はまるで溶けた銅のようで、その想像は何故だか俺を少し恍惚とさせた―破滅願望なんてものがもしも今まで自分の中にあったのなら、そいつは今頃跳ね回らんほどに喜んでいるに違いない…俺は食道までをも焼きつくす痛みに悲鳴を上げたかったがまだ珈琲はゆっくりと注ぎ込まれていた、飲み込むたびに大きく音を立てる喉が狂った機械みたいだ、俺はとにかくこいつをきちんと飲み干してしまおうと心に決めていた、不思議なことだがどんなに痛みが激しく主張してもその覚悟は揺らぐことがなかった
お、お…すべて飲み尽くしてしまうと俺は口を閉じることも出来ずそう呻いた、痛みはここぞとばかりに身体の中心部分でどんどんと温度を上げ始めた、俺は流しに首を突っ込み、蛇口をいっぱいにひねってたくさんの水を流し、その流れに直接口をつけて飲んだ、鉄パイプをぶち込まれたようにあらゆる部分がきしむ音がした水を飲むのを止めて悲鳴を上げた、高い、ひび割れた…これが自分の声だなんて信じられなかった、おお、おお、と俺は呻いた、俺は頭がおかしくなっちまったんだ、誰か助けてくれ、誰か…電話が鳴る、俺は反射的にそれを取り、耳に当てる
「ねえ、さっき言い忘れてたんだけど…」彼女はそう言いかけて口をつぐむ、俺が獣のような声で言葉にならない音を発していることに気づいたからだ「あう、おお…」俺は呻き続けた―この女にその声を聞かせるつもりなどまったくなかった、ただ開いた口からそれが止まらなかっただけだ―どうしたの…?と彼女は聞いた、おおぉ…と俺は答えた「何かあったの?」心配してくれているのかな
俺は懸命にきちんとした言葉を話そうとした、けれどどうにもそれは無理らしい…あまりの苦しみに涙が流れ始めた「今から行くわ。」女はそう言って電話を切った、馬鹿な女だ、お前が来たからってどうなるってもんでもあるまいに…!!俺は受話器を投げ捨てた、本当に気が狂ったほうがどれほどマシだろう…!!
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