不定形な文字が空を這う路地裏

片脚、果物ナイフ―そして干からびた明け方の夢
















緩んだ蛇口から少しずつ漏れてくる水がシンクを叩くのが忌々しい
秋を装いながら灼熱を叩きつける太陽が恨めしい
「連絡する」と言っておきながらなしのつぶてのあいつが憎らしい
「忘れないで」と念を押せなかった自分が可笑しい
つまるところ是が非でも会いたいわけじゃなかった
ぽっかりと空いた時間の表面を薄っぺらい関係で糊付けしたかっただけで
携帯電話でセットしたアラームが鳴る、本当だったら出かけなきゃいけない時間だったけど
アラームを止めてぼんやりとワイド・ショーを見ていた
ここよりもずっと暑く汚れた国で片脚を失った少女のドキュメント
「可哀想」と涙を拭くコメンテイターのアイシャドウが流れ過ぎていた
「可哀想」と俺は彼女を見ながら独り言を言った
その女は30秒のCM明けには
流行のデパ地下メニューを満面の笑みで食べていた
別にそのことについてシニカルなコメントなんか無い、彼女は片脚を失うことは無い
俺はそのことについて特別なんとも思うことは無い、俺だって片脚を無くすことなんか無い(多分)
そして、地雷を踏んでしまったあの女の子と寂れた街で漂流を続ける俺のどちらがより幸福かなんてことは
意外と一言で決められることではないと思うのだ―片脚を無くすことはとても判りやすい
ただ、それだけのことなんだろうと
俺はキッチンテーブルに置きっぱなしの果物ナイフに目をやる、今朝それで農薬にまみれた(かもしれない)林檎の皮を剥いて食べたのだ
何かを失うということ
何かが足りないということ
欠陥、喪失
俺はキッチンテーブルに置きっぱなしの果物ナイフを見つめる、たとえば何かを無くしてしまうことなど地雷を踏まずとも起こりうるのだ
何かを失うということ
何かが足りないということ
俺にはそんなことにまつわるバリエーションには終わりなどないのだということが判る、キッチンテーブルに置きっぱなしの果物ナイフを見つめている(おや、刃先に皮が残っている…きれいに洗ったつもりだったんだけどな)
失うということ、足りないということ―たとえば俺の抱えてる欠損が
形にすればあの少女よりも哀れみを誘う姿かもしれないぜ(キッチンテーブル、ナイフ、刃先)
俺は自分の手のひらを揉む、欠損に甘えていることが多分一番の悲劇なのだろう、キャスターは天気予報を告げる、笑顔の上手なカツゼツの悪い娘
「明日は午後から雲が多くなりますが、全国的に晴れろ見込みです」いや、撤回するよ、俺の耳がおかしいのかもしれない
汗だくになるのが嫌だからエアコンのスイッチを切ることが出来ない、手や足の先が痺れて感覚を残していても…快適なんてもしかしたら思うほどいいことでもないのかもしれないな(それは緩やかに縛る鎖のようなものかもしれない、純粋だが我侭な愛のような)
朝に切った林檎は残しておいたかな、俺は冷蔵庫を開ける―あった、今朝はそう言えばあまり食べる気がしなかったんだ
近頃は暑いせいか定期的に眩暈がする、倒れこんでいることしか出来ない午後
夏バテか、それとも何か悪い病気にでもかかってしまったか―よほどのことが無ければ病院なんて訪ねる気がしないし(市販の薬でも飲んで様子を見てみるとしよう)
林檎を食べたらドラッグストアに行くんだ、そう決めて
皿を片付けて着替えてる途中でひどい吐き気に襲われた
便座に身体を預けてしばしの嘔吐、近頃食が細いことは救いなのかあるいは致命的なのか―鼻をつまんで吐くことをいつの間にか覚えたので先週よりはずいぶん楽になった
トイレから這い出て床に転がる…気が触れたような光、カラの舞台を照らす…とち狂ったスポットみたいだなぁ…ああ、まるで何の感想も呼ばない明け方の夢のようだ、俺は真夜中に間に合わず干からびてしまった夢の死体なのだ…顔に張り付いていた冷汗が思い出したようにつうと流れる、俺はそれをただただ感じて―「泣いている」みたいに見えたらいやだなぁなんて思う









ここには誰も居ないよ
干からびた夢のような横たわるお前以外は

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「詩」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事