不定形な文字が空を這う路地裏

透過の雨

 

 

欠けた刃物のガラクタが

陳列された

壁紙の剥げたじめついた地下室で

グラム・ロック、あれやこれや

わずかに

外界と繋がる

窓に

朝が

遠慮がちに訪れるまで

 

二匹目に通り過ぎた

チョコレート色のゴキブリは脚が足りなかった

そのせいで

コマ送りのような動きだった

前時代的なシステムで

録画されたかのようなその虫を

俺は

どうしても嫌いになれなかった

だからわざと立ち上がるふりをして

そいつがどこかに消えるのを待っていた

二日くらい前の話さ

 

詩集とレコード、その中で

たくさんの心を知った気になって

結局俺は一人だった

ドラマは印象に過ぎない

でも現実がそうじゃないなんて

いったい

どれだけのやつが断言出来るだろう?

そんなふうに考えられるやつはきっと

預金通帳ばかり眺めてるか

煙草を吹かすことばかり考えているに違いないさ

 

もう何年も前に、おそらくは俺が生まれるよりも前に

通信ジャックを引っこ抜かれたダイヤル式の黒電話

引き寄せて膝に乗せて

懐かしい番号を回してみた

もちろん、繋がってないからこそ出来たことだ

それは果たして能動的と言えるだろうか?

受話器は次のアクションを起こさなかった

当たり前だ

もはやそれは電話番号とは言えない代物だったから

現役の電話機にだってきっとどうすることも出来ないさ

ねぇ、交換手

沈黙する世界にオーダー

出来れば君が最期に

どんな悲鳴を上げるのか聞かせてみてはくれないか…?

 

時折は猛烈に暑く照りつけるけれど

スープの中央のパセリみたいに

そこかしこに雨雲が浮かんでいた今日、日中

そんな景色の中を歩いていたら

ある日激しい夕立の中で

痛みすら心地よく感じていた世代を思い出した

あの頃、誰もがこぞって歌いたがってた時代

感情に細工なんかまるで要らなかった、たまに

どうしてあんなふうに生きられたのだろうと

意識と無意識の渦の中で

喧しい詩になった俺は考える

きっとまだ何もかも知らなかったせいなのさ、なんて

古いフォーク歌手なら歌うかもしれないけれど

 

互い違いの歌のことを思い出す

遠い冬の話さ

意地を張っていたんだ

自分がろくでなしじゃないって思ってるふりをしてた

互い違いの歌をうたいながら

いつも違うものを手に入れようとしてた

いくつかは早々と

手中に収めたような気になって

だけど靴を買い替えることさえままならなかった

古い靴は脱ぎ捨てられて

爪先の辺りのゴムは

暑さで垂れた犬の舌みたいに

だらんと

剥がれ落ちようとしていた

なにもかも、どんなものだって

壊れ始めた瞬間に煩わしいものになる

どんなに大事にしていたものだって

どんなに通い合っていた心だって

 

仕事場の近くの

打ち捨てられた家のブロック塀に

拾ったチョークで醜い虫の絵を描いた

どうしてそんなものを描こうと思ったのか

よくわからないまま一時間ばかりチョークを動かした

出来上がりは見事なものだった

でも誰も見ていなかった

思うに、あれは

俺自身の詩だったのだ

俺は、我知らず

あそこに自らの詩を記したのだ

津波のように家を飲み込まんとする

雑草の隙間に

強い雨が降るか

お節介な誰かに消されるまで

あの虫は、あそこで

生き続ける、あまり利かぬ目と

歪んだ口と

おぞましい六本の脚を

威嚇のように角ばらせて

そこには憎悪すらあるような気がする

 

テレビプログラムで見た人形作家の

まだ色のついていない真っ白な目

それが俺の目であったように思えていつまでも落ち着かないのは

また眠る気がないのかもしれない

散文詩ほどの脈絡すらない夢を

本気で求めるような誰かがどこかに居るっていうのかい

枕と

布団の中心で均等に沈む身体を感じたら

ただゆっくりと呼吸をするだけさ

それだけで

役割はいくらか果たされる

役割はいくらか果たされるのさ

役割は意識と追求をもって初めて意味を成し

時間をかけて目的へと変異する

継続だの根気だな美学だの

そんなことを気にする必要はない

やるべきことは自然にそんな道へ入り込むものだから

 

すでに通り過ぎた大型工事用車両の

アイドリング時の奇妙な回転音が

内奥のほとぼりの中で鳴り続けていた

それは自動翻訳された文章のように

不実な脈絡と文節をばら撒きながら

弛緩したゴムのように思考に余計なRを描き

その頂点で俺は現実でも幻覚でもない

燻製された記憶のような景色を眺めていた

四本脚の鳥が

下手なバタ足みたいな羽ばたきで空を蛇行運転して

寝床はそいつの糞にまみれたような感触を残した

夜明けまで何時間

随分経った気がする

眠るどころか

死すら思わせるほどの経過

心象は鈍器のように内臓にのめり込む

あの時吐き気だと話したものを

もっと違う言葉で話せたらよかったのに

 

現実や幻想など

本当はこだわる必要もないものだ

たったひとりの人間が生きる上で起こること

そこに余計な線をなぜ引きたがるのか?

もはやどちらでもよかった

温かければ生きていて、冷たければ死んでいる

それについてなにか、ひとつの

自然な詩情があればいい

命は心だ

それ以外に変えようがないものだ

時計は参考までに

本当に知りたいのは均等に小分けされた時なんかじゃない

 

いつだって雨の予感を含んだ生温い風だ

世界は濡れたがっている

みんなどこかで目を覚ましたがっているのさ

信じているものはいつだって実態のないものだ

だからこそ実感を頼りに

数十年を転がるものでいなければならない

いま、立っているその場所を肯定したらおしまいだ

靴底はたちまちにその路面を複写して張り付いてしまうだろう

 

俺は目を閉じる

まだ見ぬ明日も通り過ぎた過去も

 

 

 

同じ顔をして

こちらを見返している


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