不定形な文字が空を這う路地裏

いつのまにか滲んだ血でさえ流したあとには忘れている


捻れながら転がり落ち、原形を留めぬほどになった今日の自我を、洗面台で沿った髭と一緒に水に流した、血が混じっていたのはカミソリのせいなのか、それとも何か他に原因があったのか?鏡で入念に調べてみたけれど傷は見当たらなかった、得体の知れない傷、どうもそんなものがどこかに出来ているらしい、緊急速報が何度も携帯に届く、緊急だからって無遠慮にしなきゃいけない理由はどこにもない、少しの睡魔と苛立ち、雨の音にまぎれて俺が吐くべき呪詛が聞こえる、寝床は昨日の夢で散らかっている、ネット通販の領収書を二つまとめて丸めて捨てる、屑籠で悪巧みのような軽い音を立てる、少し腹が張り過ぎている、そんなつもりはなかったが少し食べ過ぎたらしい、ソファーにもたれてコンポのスイッチを入れる、トレイの中に入れたまま忘れていたディスクはメインストリートのならず者、サム・ガールズに取り換える、また緊急速報が届く、台風が近づいているのだ、避難をそそのかされている、津波でもなんでも盛大に来ればいい、この街は一度全部失われるべきなのだ、根本的な怠惰が街並みにまで見て取れる、そんな街、まだ華やかなりし日の思い出の中で生きている瀕死の商店街、すべて一掃されればいい、そして合理的な街並みに変わればいい、もちろん俺がここで生き残る保証なんかないけれど、やるべきことがある人間は死なない、俺はいつでもそう考えている、人は自分で役目を終えたと感じたとき勝手に死んでしまう生きものだ、それを俺の気のせいだと言えるかい?ソファーの上でいつの間にかウトウトしていた、時刻は最後に目にした時から半時間ほど過ぎていた、起き上がって音楽のボリュームを少し上げる、俺たちに敬意を払え、と、ミック・ジャガーが叫んでいる、俺はふざけて敬礼をする、それからキッチンに行き、ボトルのアイスコーヒーを少し注いで飲む、作り物の苦みに顔をしかめ、台風の進路をチェックする、古いプロレスの試合を観る、エンターテイメントを引き受ける格闘技、ただ強いだけの人間ならボクシングや総合にもたくさん居る、でも、化物はプロレスのリングの上にしか居ない、パフォーマンスとは常識を逸脱してこそ成立するものだ、古い映画にそんな台詞があった、現代社会はそんな言葉を決して言理解出来ない、だから安易でつまらないものばかりが流行る、この世界がどんな見苦しいものに変わろうと、俺は黙って詩を書くだけさ、俺は言葉を喋るのは好きじゃない、言葉はどんなに並べても言葉に過ぎない、けれど詩の中では、それは圧倒的に現実や意味を飛び越えたものに変わる、俺はそれを表現の本質だと考えている、つまり表現とは何かというと、ひとつの言葉、ひとつの場面にあらゆる意味を持たせるということだ、ひとつの現象に隠れるすべての意味を曝そうとする試みだ、もちろんそれは容易なことではない、不可能と言ってもいい、それでもそこに挑もうとする連中が居るから、意味は広がり続ける、たったひとつ、最も表層的なところだけを拾って生きているのが現代だ、小石を拾って、ポケットにこれだけ入っているという類の自慢をするのだ、俺はたったひとつの小石に蝋を垂らし、色を塗り、少し削る、その、棘のついた妙な物体を元の場所に戻す、例えるならそういうことさ、小石は小石でしか成り得ないだろうか?それはつまり瞑想の発端と同じさ、ひとつの物体の在り方、ひとりの人間の在り方、ひとりの人間はある意味で大人数であり、また逆に、数十人の人間がたったひとりのように見えたりする、覚えが無いとは言わせないよ、誰しもそんな風に思ったことはあるはずさ、いつからか激しく風が吹き始める、窓が音を立てる、雨もかなり激しくなっているようだ、ただそんな景色に似つかわしくない明るさが俺を混乱させる、そう、誰か、かなり親しい人間の別の一面をある時垣間見たようにね、すべてはそんな風に出来ている、人間なんて自分自身すら理解し切ることはない生きものだ、なのに、すべてをわかってるような顔をして生きてる人間が多過ぎる、そういうやつらが往来をウロウロしているから、いつだってニコチンの臭いが漂っているし、まともに運転も出来ないドライバーが事故を起こして警官にゴネまくる、もう人間は小銭を稼いで消費すること以外なにも考えられなくなったみたいだ、そんな自分にやりきれなくてテレビ番組に本気で文句をつけている、道を間違えた水は汚れながら落ちていくのみ、自分でその汚れを落とすことすら思い付きはしない、本当ならそんなところを流れる筈もなかったのに、つまらない意地で間違い通してしまったんだろうさ、寝る前に少し身体をほぐす、近頃馬鹿みたいにリアルで長い夢を見る、目覚めた時の景色に戸惑ってしまうくらいにさ、多分悪いことじゃないんだろう、思い出に残る景色はなるだけ多い方がいいからね。


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