そうした一連の逡巡をぼんやりとした放射熱の下に僕らは押し込めて、窓ガラスに浮かんだ結露の行方を必要以上に気に掛けながら、ホームセンターで買った柱時計が分相応に時を刻む
アンティーク・ショップで買った二人の宝物の銀食器が収められている食器棚の隣であまりにもリーズナブルに過ぎて、だけど相応なのはいったいどっちの方かなんて―結論付ける事が出来ない命題についていつまでも拘る事は取り返しのつかない過ちになる前に止めにしておこう
静か過ぎてせせらぎすら認める事が出来ない流麗な流れのような時は遭難者のような僕らを見落としてしまったらしい、のっぺりとした単調さは互いの胸の前に設えられた殻を強固なものに変えていく、それは孵化のようなもので…実際のところ僕ら自身がそれに対応出来る術はまるで無い
蛍光灯がひとつ切れかかっている、性急な点滅が僕らの沈黙を無駄にしないようにと余計な気を遣っている、策略は状況を悪化させるのみだ、僕らはその事を誰よりも確かに自覚しているのに、命を持たないものたちがその懸命な経験を瞬間で打ち壊していく、見ない振りをしてずっと見ていた、僕らの頭上で明滅を繰り返す切れかけた蛍光灯
小さな音がしている、小さな音がしているね、強大ながらんどうの中に放り込まれる聞き取れない独り言のように、そこにあるということがこんなにも儚いものに思えてくるのは、きっとすべてが修復されがたい状況の中に致し方なく入り込んでしまっているからだ、そういったものの致し方なさについて今の僕らはひとつの夜を語りつくす事が出来るだろう、でも
長い長い年月を経て築き上げられたチャンネルは数日前に閉鎖されていた、壊れてしまう事はどうしていつもこんなに簡単なのだろう、ため息をつきたい気分になっても、それは言葉ではないから、それは言葉ではないから僕はそれを外に漏らすわけにはいかない、自分の中にとどめておかなければならない、ある意味で僕はたったひとりでいるときよりもたったひとりだけども
それが裏打ちされるような状況はひとつとしてないのだ、僕は感覚ほどにしっかりとした現象を認知してはいない、認知してはいけない類のものなのかもしれない、だけどそのもどかしさはそのままにしておけばきっと致命的な欠陥を露呈する呼び水になりかねない、だけど、それは決して消せることは無いのだ、それは決して逃げることの無い勇敢さのように僕らの心情に根を張っている
誰かのアクセルが度を超えて近くの曲がり角の角度でブレーキをすり減らす、失う前に判るべき事をいくつも見落としてしまっている、知ろうなんて思わなかった、疑って見る事もしなかった、つまり僕らはその事をすでに理解しているのだと―そんな調子でアクセルを踏み込んでしまったのだ、衝突音、男女の喧嘩の声がする、それは僕らを余計に逃げられないところへ追い込んでしまう
野次馬になれた時代がきっと僕らにもあった、何の試案も無く、何の懸念も無く、何の心配もなく、国家間の条約みたいに保障された関係が半永久的に稼動して行くのだと―そんな事誰も耳打ちしてくれたりなんかしなかったのに
もう夜中だっていうのにあたりは蜂の巣を叩いたような大騒ぎになる、いろいろな家から人々が溢れて、車に乗っていたらしい男女はずっと喧嘩をしていて…女が男の事を馬鹿だと罵る、周りの人を味方につけたがる感じで、男はその声を消すように大声を上げる、僕はカーテンを引く、結露なんかに気を取られているべきではなかった、誰かが警察に電話をしているらしい―フロント辺りが致命的にひしゃげてしまったかもしれない
僕らはそんな喧騒を遠くに聞きながらやっぱり黙ったままで、何のために黙ったままでいるのかすらよくは理解していなくて、時間の尻尾が鼻先でひらひらしていてやっぱり時は確実に進行しているのだと、癌細胞でも見つめるみたいにしてその単調な軌道を追った…沈黙を壊してしまえばいい、適当な事を言って…たとえば事故を覘きに行こうとか、もうすぐ始まるバラエティ番組を見ようとか言って、沈黙を壊してしまえればいいのだろうけれど、それが絶対に壊れないだろうことは判りすぎるくらい判っていた、僕らに判っている事と言えばそんな事ぐらいだったのだ
時は流れていた、正しいとか間違いとか、そんなト書きを一切必要としていなかった―時のように生きる事が出来たらどんなに素敵だろう、けれどもそんな思いは悟りの入口なのかあるいは非常口なのか、時は流れ続けていたが世界は微動だにすらしなかった、きっと、きっと動けば確かに壊れてしまうものがあるからだ、それはある意味で恐怖に近かったけれど、まとわりつくようなものではなかった、だから僕らは怖がる事も出来なかった―しいて言えばそれは心情が剥き出しになる瞬間とでも言うべき現状であって、感覚的な―そして環境的なレベルで確かに現実という世界そのものだったのだ、僕はもう思案すらしては居なかった、何も出来ないのなら何もしなければいい、そう思ってずっと座っていた,
君がそんな僕を見たらどう思うだろうかなんてもうどうでもよかった、決して投げてはいないのだという証明のために僕はそこで温かすぎる石になっていた、君も動こうとはしない、動こうとはしなかったけれども―あまりにも大きなものがその小さな身体の中には詰まっている気がした、詰まりすぎていると言ってもいいくらいに
それはいったいどういうものなんだ、僕はそれを見極めなければいけない、見極められないまでも―見極めんとする意思があるというところをきちんと君に提示して見せなければならない、君が得体の知れないものでいっぱいになって四散してしまわないうちに、時は流れている、世界は静止している、柱時計の音を聞いている、蛍光灯は点滅している、男と女が喧嘩をしている、僕らは沈黙している激しい音を立てて蛍光灯が切れた、だけど
誰も夢から覚めたりはしなかったのだ
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