酷暑の最中だったが、脳髄に氷水が流し込まれているみたいに冷めていた、体温や体調のせいなんかじゃない、俺がそこにどんな感情をも持ち込むことが出来ないせいだ、必要最小限の自分への命令、下手糞な機械の模倣をしているような調子で時間が過ぎる、いや、いまさらそれにどんな文句もありはしない、どんな人間にも役割というようなものがある、それが自分にしっくりくるかこないかなどというのはまた別の話なのだ、そしておそらくだけど、どんな人間だって心のどこかで、これは違うんじゃないかと思いながら生きている、社会が奇妙なテンプレに満ちているのは、そんな違和感に気付かないように嘘をついているからだろう、わかってる、俺だって子供じゃない、すべて理解している、ただ、俺が思う大人っていうものからはこの世界はかけ離れている、大人ごっこをしているなり損ないの子供の集まりさ、俺もごっこをしてる、でもまったく別のベクトルからね、もう、それが良いの悪いの言ったって仕方が無い、そんなところに関わらざるを得ない自分にも責任はもちろんあるんだから、黙って役割をこなすのが一番いい、妙な自己主張なんかしたいとも思わない、見ていて気持ちのいいものじゃない、よくある自分を特別な人間に見せたがるような陳腐なコピーの羅列は、流れないまま使い込まれた水洗トイレを彷彿とさせる、そしてそれはずっと更新されることがない、奇妙なほどに、同じフレーズが繰り返されるだけなのだ、家に帰るとまずシャワーを浴びる、汗と、汚物みたいな汚れにまとわりつかれている、洗い流しているうちにようやく感覚がまともになって来る、今日も少し書こうと考える、でも夕食前の軽い睡魔にとらわれているうちは、とてもワードを開く気にはならない、すべてはまともな食事をして落ち着いてからさ、結局のところ、毎日をいい気分で過ごすには少しでも書いておくのが一番なんだ、それをしない限りやり残したような気持ちが寝どこまで付き纏うことになる、憑依霊のようにね、そいつは取るに足らない疲労を増やす、でも、そんな些細なものが脳味噌に刺さったままだと、いつか酷い摩耗になる、爪は伸びる前に研いでおくべきさ、そうだろう?俺の頭の中には多分、そこいらの連中より言葉がたくさん泳いでるんだ、そのどいつもが、元気なうちに外に出たがるのさ、もちろんすべて掬い切れやしない、結構な数の単語やフレーズが犠牲になる、そいつらがどうなるのかって?そんなこと気にしてたらこんなことしてられないね、掬い上げられただけで良しとしなけりゃさ、金魚すくいだって掬われることもないままに腹を見せちゃう金魚も居るだろう、どんな規模であろうとそれはそういうものなのさ、だって、取り零してしまうからこそまた次を求めるんじゃないか、それは絶対だぜ、その為に俺は躍起になっているんじゃないか、だからもう俺にはわかってる、これは終わることが無いものだって、すべてが片付く前に俺の方が力尽きるのさ、だからそう、命尽きる時に初めて出来上がるたったひとつの詩なんだと思って、俺は毎日言葉を散らかしている、どうしてだろうね、俺はそうやって死ぬだろうってことだけは疑ったことが無いんだ、その他のことに対しては信じるに値しない人間だけどね、まあそれは半分冗談だけど、ちょっと前に模倣って話をしたけどさ、よく出来た模倣さえ作れればいいっていうやつらが沢山居るよね、俺が思うに彼らは、動機がオリジナルじゃないんだろうな、影響のままで止まっているんだ、だから、型通りにしか作れない、はみ出すことが許されない、既存の枠組みの中で、ちょっとした細工をすることがオリジナリティだと思ってる、でも俺に言わせればそんなものオリジナルとは呼べない代物だし、書けば書くほど先細りになっていつか身動きが取れなくなることは目に見えてる、でもさ、型通りっていうものが彼らにとってはなにより大事なんだよな、俺には理解出来ないけどさ、どんな理由で書いているのかな、誰かに褒められたいんじゃないか、なんてさ、まあ、そんなことはどうでもいいんだ、ちょっと考えてみてもらえたら嬉しいかなって感じでついこんなことを喋ってしまった、他人の宝箱を覗いてケチをつけるみたいな真似をしちゃいけないよな、そんなことが好きでしょうがない連中も、世の中にはたくさん居るけれどね、言葉っていうものはさ、最終的に自分だけが理解出来るものにならなきゃいけないんだと思うんだよ、違う意味を持つものにならなくちゃ書く意味なんかないような気がするんだ、だってそうだろ、俺たちが本を開く理由は、俺たちが音楽を聴く理由は、俺たちが絵画を見る理由は、別の切り口を求めているからじゃないのかい、いつも自分が見ているものを、少し疑いたくてそういうものを求めるんじゃないのかい?疑問符を持ち続けることだけは忘れちゃいけない、すべてをあるがまま受け入れてしまうと、もうそこから生まれるものは限られている、現実なんて幾通りだってあるのさ、ただ俺たちの目に映るものは、いつだってその中のひとつだけなんだってこと。
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