不定形な文字が空を這う路地裏

命のすべての闘いにおいて俺が語ることは


じくじくと膿んだ傷の中に次の一行があった、指を指しこみ痛みに悲鳴を上げながらつまんで拾い上げると血で汚れてよく読めなかった、苛立って声を上げながらシャツの裾で拭くとどうにか読めるくらいにはなったのでワードに書き写した、それには続きがあるような気もしたし、そこで終わるのではないかという感じもあった、でもどちらがしっくりくるにせよ、詩そのものがどちらを求めているかということには案外関係がないものだ、次の一行を見つけなければならなかった、まだ同じところにあるだろうか?指をさっきよりも深く入れた、生暖かい感触が指先を包む、しかし立ち上って来る臭いは奇妙な冷たさを感じさせた、きっとそれは人間の体内の温度なのだろう、肉の中は冷たいのだ、それは次のフレーズに適している気がした、肉の中は冷たい、だから人々は熱を求めるのか?陳腐かもしれなかった、でも陳腐なものが正解である場合だって無くはないのだ、一番歪んで見えるものが実は一番真直ぐだったりね、だからその場にあるすべてのものに飛びついて吟味していかなければならない、考えることなく得られる結論はどんな局面においても一番間違っている、タップするだけで手に入る真理なんてあるわけない、人間は手軽さを求め過ぎて本質を忘れてしまう、持たなくてもいい掃除機が正しいと思ってしまう、選ばなくてもいい音楽を好きだと思ってしまう、誰かが朗読してくれている物語を聞くことを読書だと言い張る、祖俺に言わせればそんなものはすべて奇形化した赤ん坊の玩具だ、選択を怠ると人間は堕落していく、社会ごっこ、人間ごっこの中で歳だけ食ってしまう、まったくおぞましい話さ、地獄の餓鬼の絵を最初に描いた誰かは、きっとそんな本質を見ていたに違いないぜ、ようやく拾い上げた次の一行が画面に足される、まずまずだと思う、でもずっと足りない、もっとなにかを見つけなければならない、もう同じところにはないだろう、シャツも赤く汚れてしまった、俺は舌を噛む、唇の端から血が漏れる、そこなら拭いたり洗ったりする必要が無いと思った、最初に血の中に混じっていたものを涎で洗って発券機の要領で口から出した、そこにはなかなかにこちらを滾らせるようなフレーズが記されていた、ほくそ笑みながらそれを打ち込む、身体のあちこちで鈍い痛みを感じるけれど、途中でやめるわけにはいかなかった、それを打ち込んでしまうとあとは簡単だった、そのフレーズは今日の、記憶と感情のすべての蓋を開けた、そこからはずるずると、内臓を引き摺り出すかのように言葉が生まれ続けた、俺は言葉に憑依され、内奥に沈殿しているものをすべて引き摺り出すべく血眼でキーボードを叩き続けた、血はもの凄いスピードで血管を駆け巡り、神経系統はリズミカルな信号を絶えず送り続けた、すべてが連続する閃きの為に全力で稼働していた、そういうのは若い時だけだよ、と知ったような顔をする連中が居る、でもどうだ、俺はまだそれをやり続けている、まあもちろん、少しの間色々なテーマを追いかけて忘れていたこともあったけれど、結局のところそこに帰って来て、同じことをやり続けている、一生賭けて書き続けるたったひとつの詩なのだ、これはそういう類の蠢きなのさ、これは俺の血の速度であり、思考の速度だ、俺は自分の中に駆け巡る命の速度と振動をこうして書き写しているのだ、だから、俺は何も疑ってはいない、俺は生きている限りこれを続けるだろう、これをしない限り俺の肉体の流れは滞り、澱んで、腐敗を始めるだろう、俺にはそれが耐えられない、いつだってなにか、脳味噌に刺激を入れ続けて、すっきりした気分で居たいのさ、これは俺にとって最高の調律であり、癒しであり、娯楽であり、戒律なんだ、この流れの中にしか俺は存在しない、ここに並べられているのが一番正直な俺の姿だ、どこの誰でもない俺自身だ、それが奇妙だというのなら、モンスターだのなんだのと好きに呼んでくれて構わないよ、俺にしてみりゃどうだっていいことだ、やるべきことをやって生き続けてさえいればそれでいい、どうだい、スピードは感じられるかい、血の温度は、脈動は、俺は正しくそれを伝えられているかい、もしも確かに君がそれをこの文章の中に感じられているのなら、君はどこかに俺のような生きものを飼っているのさ、同化を認めない、馴れ合いを認めない、自分の為だけに生きる感覚を持つ、誇り高き不適合者だ、不適合って、馬鹿みたいな言葉だよな、自分以外のイデーに平気で染まることが出来る連中が言いそうなことだ、だってそうだろう、自分が基準だ、それが成り立たない世界は不自然なんだ、わかるか?安易な水準点など必要無いんだ、勘違いして欲しくないのは、俺が言っているのは利己主義的なことではないということだ、人間が本来の思考と品位を持って暮らすことが出来れば、それだけでいまよりもずっと美しい社会が成り立つと俺は考えているのさ、幼稚な連中の社会ごっこでお茶を濁す必要なんかもうなくなる、だから俺は書き続けている、でもね、俺が始めた話だけど、こんな考えはもうとっくに手遅れなんだ、つまり、社会云々についての話だけどね、人間はもう獣より少し賢いだけの生きものに成り下がってしまった、形骸化した美徳を抱いて滅びるのみさ、だからね、俺は書き続けて、その世界でも誰にも似ていない人間であろうと思っているのさ。

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