静寂のまま湾曲する感情には、寄り添う言葉が見つけられない、水の枯れた川の様にかつてそこにあったものを示し続けているみたいで辟易する、ヴォリュームをゼロにして流すオーケストラのプレイみたいだ、聞こえるのは無の足音ばかり、あらゆる負の感情を呆けたふりで見過ごすのが上手過ぎていささか閉口気味の今日だ、アブドミナルストレッチの直後みたいにキリキリと痛みを放つ内臓、なに、何事か背負い込んでるふりをしてるだけさ、別段そんな状況でもないくせしてさ、深刻な振りをしたがるんだよな、まるでそうすることでなにかスペシャルなアイデアを捻出出来るとでも考えているんだろう、下らないこと言ってるんじゃない、センスなんて努力でどうこう出来るような代物じゃないんだぜ、それはアンテナの違いなんだ、それと解釈の…
今ではもう名前が変わってしまったドラッグストアの薄暗い化粧室で僅かな食物を嘔吐した朝のことを思い出した、あれは確か20代の前半のころのことだった、そんなことを思い出すのはきっと昨日あの店のあるあたりを散歩したからだ、暑い季節だった、でも真夏じゃなかったな、汗がだらだらと流れるほどの気温ではなかった、きっと初夏の頃のことだろう、クラクラと朝から目眩がして、「どうしようもない」って仕事を休ませてもらったんだ、下らない汚れ仕事だった―下らなくない仕事なんか生涯で一度もしたことが無いけど―ともかくその日は仕事を休んで、バナナを食べて茶を飲んだ。おかしな組み合わせだって?その時きっと一番手軽に用意出来たものだったんだろうね…ひと休みしたら楽になった気がして、ともかく薬を買いに行かなければいけないと思ってちょっと無理して出かけたのさ、ふらつきながら…あのころはよくそういうことがあった、鎮痛剤を飲むと何故だか落ち着いたんだ…レジで順番を待っている間に朝食ったものが込み上げてきた、商品をレジに置いたまま化粧室に駆け込み、便器に吐こうとしたが間に合わなかった、個室の入口のところで少し漏れてしまった…すべて吐いてしまってから店員に事情を説明して清掃具を借りようとしたが紙で拭いておいてくれればいいということだったので、手洗いのタオル替わりの紙を使って掃除した、軽く食べただけでよかったと心底思った…掃除を済ませてペコペコ詫びながらレジを済ませ、部屋に戻って薬を飲んで、ようやく落ち着いて数時間か眠ったんだったかな…
時間が出来ると訳もなくいろいろなことを思い出す、特別なんの示唆も教えもない、そんな出来事ばかりを―まるで記憶のフォルダが破損して、中身がぽろぽろ零れてくるのをたまたま拾い上げたみたいな感じで…まるで便器の手前で零れてしまった吐瀉物を眺めるみたいにね―俺の生まれたわけはどこにあるだろう?そんなこと考えてもしかたが無いことは分かっている、昔は時間をかけてあれこれ考えさえすれば、なんらかの答えが出てくるものだと信じて疑わなかった、だけどそんな確信が幻想であることに気付いてからは、目の前のことにあまり執着しなくなったよ、すべてはきっと風でめくれるページみたいに現れては消えてゆくのさ
あのころは1階にひと部屋の、4階建ての建物が2棟、向かい合って連結されたハイツの、4階の南側の部屋に住んでいた、ロフトがあって…3階に住んでいた水商売の女はコンクリが剥き出しの階段を夜中にヒールで踏みつけながら帰ってきたものさ…まあこちらも別に眠っちゃいなかったからべつに構わないんだけど…ドアをもの凄く勢いよく閉めるんだ、まるでそうすることが運命づけられてるみたいにさ、教団の教えで決められているみたいに頑なに…街の近くで、真夜中に電気を消していたって真昼のように明るかった、近くの大橋を渡る大型のトラックのうねりがずっと聞こえていた、朝になると近くの住宅地で飼ってる鶏が凄え声で鳴いた…まだ薄暗いうちからだぜ!…聞こえるはずのないものもあそこではいろいろと聞こえたんだ、たったひとりで眠っていても時々、女が囁く声が聞こえることがあった…いや、声が聞こえるだけならまだよかったさ、あるときなんかずっと背中を凝視されたことがあった、振り返ってもなにも見えなかった、だけどそこには確かになにかが居て…たまらなくなって逃げ出すことにしたんだ、ロフトを降りて着替えていると、ロフトの柵にもたれてそいつがこちらを見下ろしているのが分かった、そういう感じが確実にするっていうの、分かるかな…いっそなんか見えた方がマシだって思うぜ、きっと―昔歌ったことがあるライブハウスに逃げこんで数時間過ごして帰ってみるとそいつはもういなくなってた、あれは秋口だっただろうか?真夜中の場面からは季節を判別出来ない
静寂のまま湾曲する感情には、寄り添う言葉が見つけられない、コルトレーンのブルー・トレインの旋律に乗って、どうでもいい過去が垂れ流されてゆく、むかしが脳に詰まれば詰まるほど、ひとは無になっていく気がするね…
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