因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

青年劇場『オールライト』

2015-05-19 | 舞台

*瀬戸山美咲作 藤井ごう演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 20日で終了 瀬戸山美咲作品の記事はこちら→(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22
 ここ数年、てがみ座の長田育恵と並んで、注目度上昇中の若手女性劇作家が瀬戸山美咲である。長田は新劇や歌舞伎、商業演劇など幅広いジャンルにおいて、いわゆるエンタテインメントからさらに踏み込んだ堅実な作品を発表している一方で、瀬戸山は世田谷パブリックシアター主催のワークショップ「地域と物語」や、広島の記憶を演劇にするワークショップ『ヒロシマの孫たち』など、より社会性の強い劇団や企画での活躍が目立つ。
 今回の『オールライト』は、先立って上演された劇団チョコレートケーキの古川健の『裸電球に一番近い夏』とともに、青年劇場創立50周年記念、青年劇場ユースフェスティバルの一環として上演の運びとなったものだ。公演パンフレットを読むと、巻頭の劇団の挨拶文はもちろんのこと、青少年の育成のためにさまざまな活動を行っている方々から熱意あふれるメッセージが寄せられており、この舞台に対する期待の並々ならぬことが伝わってくる。2016年からは全国巡演が始まり、より多くの出会いが待っているだろう。

 思い悩む若者が旅によって現状を打開し、新しい自分、ほんとうの自分を見つけようとする。旅先で思いもよらぬアクシデントに襲われ、窮地に陥ったとき、これまた思いもよらぬ人たちに助けられたり、恋の出会いがあったり、家族のことをこれまでとちがった目で見るようになったり、多くの体験をして成長していく。『スタンド・バイ・ミー』をはじめとする少年の冒険譚や、ロードムービーはあまたあり、何となく流れはわかっていても、いつのまにか主人公を応援し、旅先の風景を楽しみつつ、彼や彼女の成長を見守るのがこの種の作品の醍醐味であろう。

『オールライト』もまた、17歳の女子高生のひと夏の物語である。特殊なのは、彼女がこの家から出ないことだ。父親が東京へ長期出張で、高校生のユキは数か月間ひとり暮らしをすることになる。「ぜったいに家へ人をあげるな」という父の厳命はあるにしても、両親が離婚して以来家事に慣れていることもあり、ユキは落ち着いたもの。ところがそこに父親と喧嘩をして家出してきた同級生のエリカがやってきて、いっしょに住むという。さらに家の玄関前に見知らぬ老女が倒れており、ひとまずうちで介抱するはめに。主人公が旅をしないロードムービーがはじまる。

 瀬戸山の作品において、これだけ老若男女が出演し、人物の年齢設定と近い俳優が演じるのは珍しいのではないか。玄関先に倒れていた老女のみちるが、今回のキーパーソンである。ユキとエリカに助けられ、しばらくは家のなかで横になっていたものの、ユキたちが宅配のピザを食べようとしてるのを見咎める。やおら「お勝手お借りします」と、あっというまに食事の支度をし、「若い人がそんなもの食べてはだめ」と説教をする、娘を連れ戻しにきたエリカの父には、まんまとユキの祖母になりすまして「ご心配なく」と大芝居を打つ。これはほんの序の口であり、みちるはそれから町で出会ったブラック居酒屋の店員やらキャバ嬢の妊婦やら自称詩人でミュージシャンやらをつぎつぎに「拾ってきたの」と家に引き入れる。あっというまに、素性の知れぬ男女が共同生活をはじめるという、ほとんどコメディの様相を呈してくるのである。

 みちるを演じる武田史江が実に気持ちのよい演技。ユキとエリカ、若い娘たちの会話もテンポよく、人々がぶつかりあいながら少しずつ自分の道を探っていく様子に、設定や展開はいささか強引であっても、引き込まれ、楽しんでしまう。
 年ごろの男女がいっしょに暮らすのだから恋が生まれるのは当然のなりゆきであるし、悪徳商法で甘い汁を吸っていた男性が、エリカに勉強を教えることによって自分に何ができるかを見極めていくところなど、読める展開といえばそうなのである。
 みちるが実は誰なのかはさすがに想像が及ばなかったが、共同生活の蜜月が終わりを迎えることや、さて主人公はいったいどんな道を歩きはじめるのかということも、およそわかる展開であり、予定調和と言えなくもない。また秘密が明かされ、本心を吐露するのであるから長い説明台詞の印象も否めない。さらに出張を終えて帰宅した父親に、ユキは自分の進みたい道を伝える。ユキが幼いころに別れた母親への思いや、タイトルの『オールライト』が、ボブ・ディランの歌であることなど、作者は実に丁寧な作劇を試みている。だが終盤になってあれこれが盛り込まれ、舞台の勢いやリズムが緩んでしまった印象がある。
 そしてこれは実に言いにくいことなのだが、終盤にユキがギターを弾いて歌う場面があり、そこが自分には何とも言えず、物語の重要な場面として説得力が感じ取れず、共感できなかった。

 と突っ込みどころはいくつもあるのだが、あれこれ言うのは野暮というもの。幅広い年齢の客層に好意的に受け止められており、『オールライト』は幸せなスタートを切ったのではなかろうか。そしてこの舞台で瀬戸山美咲という劇作家をはじめて知った方が、ミナモザの舞台に足を運ぶ可能性も大いにある。客席が変わることによって、舞台も変わるであろう。前進をつづける劇作家と青年劇場の出会いを祝福し、『オールライト』が全国のたくさんの子どもたち、その家族や先生たちと出会えることを祈っている。

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