因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団チョコレートケーキ第二十七回公演 『治天ノ君』

2016-11-03 | 舞台

*古川健作 日澤雄介演出 公式サイトは こちら シアタートラム 11月6日で終了 (1,2,3,4,5,6,7,8
 9月はじめに神奈川で幕を開け、その後北海道、兵庫、愛知、京都、ロシアまで赴く大ツアーの最後の舞台である。2013年の初演を見のがしていたから、今度はぜったいにと足を運んだ。

 舞台上手には壁に沿って緋毛氈が敷かれ、その先に紅色の紗幕に包まれた玉座が置かれる。装置はこれだけだ(鎌田朋子舞台美術)。長い明治と昭和にはさまれたわずか15年の大正時代を天皇として生きた嘉仁(よしひと/西尾友樹)と、その妻である貞子皇后(松本紀保)を軸に、父・明治天皇(谷仲恵輔)、息子・昭和天皇裕仁(浅井伸治)、兄のように慕った有栖川宮威仁(菊池豪)、政治家の原敬(青木シシャモ)、大隈重信(佐瀬弘幸)、宮内省役人の牧野伸顕(吉田テツタ)、四竃孝輔(岡本篤)と、歴史に実在した人々が実名で登場する。2時間30分休憩なし。舞台も客席も緊張を強く保ち、この秋、いやここ数年のさまざまな舞台のなかでも屈指の出来栄えである。

 学校の授業で大正天皇のことを詳しく教わった記憶はなく、書籍やテレビ番組などで知識を得た実感もない。ただ何となく周囲の大人たちから、大正天皇は心身病弱であったこと、いわゆる「暗君」であり、一国を司るものとして能力的に問題があって、判断力、政治力に乏しい、もっと言えば暗愚であると聞かされていた。皇室は血縁の濃いところであるから、おひとりくらいこういう方もあるかもしれないし、あまり話題にしてはならない・・・といった非常にネガティブなイメージであった。

 舞台には幼いころから病弱であったとはいえ好奇心に富み、弾むような魂をもった嘉仁が爽やかに描かれている。しかし明君の誉れ高い明治天皇に抑圧され、そのもとからなかなか自由になれない。兄君たちが次々に亡くなるなか、唯一の皇子として大正天皇に即位し、さまざまに新しい試みを行おうとするが、やがて持病が悪化し、皇太子裕仁が摂政となって実権を握る。

 今年8月に、今上天皇が生前退位の意志を国民に語ったことによって、初演された3年前とは違う意味が加わって、いっそう複雑かつ味わいが増す舞台となった。劇作家の古川健は「生前退位の問題について何らかのメッセージを発する物語でない」と断っているが、台本を改訂したり演出を変えたりせずとも、舞台は観客の目の前で上演されるたびに新しく変容するものであることを実感した。

 適材適所に配役された俳優方がほんとうにすばらしかった。とくに皇后を演じた松本紀保は、この人をおいて本役は、過去にも未来にもないと言い切りたくなるほどので、嘉仁と出会った十代のころから、初々しい新婚時代を経て、病弱な天皇を最後まで愛し、やがて皇太后となり、昭和天皇である息子の裕仁に対して「天皇であることから決して逃げるな。それだけは許さない」と言い渡す場の威厳に満ちた立ち姿など、惚れぼれするくらいであった。快活な青年時代から、歩行も会話も困難になる大正天皇の晩年までを演じた西尾友樹の辛抱強い演技、客席まで震え上がりそうなほど恐ろしい明治天皇の谷仲恵輔、また浅井伸治の昭和天皇は、気がつくと顔つきがご本人に似ている。自分の知る昭和天皇は、上品なおじいさまのイメージであるが、祖父の明治天皇を崇拝し、「父上のように優しくて自由な天皇は要らない」と、戦争による繁栄へひた走る恐ろしい部分をみせて圧巻であった。

 むろん本作は歴史的事実をベースに、さまざまな参考文献にあたって劇作家が生み出したフィクションである。すべて実在の人物が登場するが、劇作家が言葉を台詞にして与え、演出家が肉付けをして俳優が自分の声とからだで舞台に立って演じているものであり、ご本人そのものではない。当日配布される関連年表はともかく、語句説明には「*但し古川流の解釈です」と書き添えてある。
 歴史的事実でさえ、資料の読み方、解釈のしかたによって見解は異なり、ご本人の実像に近づけば近づくほど、逆に遠ざかることもあるのではないか。『治天の君』は、劇団チョコレートケーキによる唯一無二の大正天皇と皇后、周囲の人々の生きた証を示した。客席の自分も、歴史を学んだというより、大正天皇嘉仁というひとりの男性を、これまでとはちがうまなざしで見つめ、身近に感じられるようになった。嘉仁は、西尾友樹の声とからだをもって今も生きており、そのかたわらには松本紀保の皇后節子が優しくほほえんでいる。何を考えていたのか、日本をどんな国にし、国民にどう生きてほしかったのかを知りたいと思うのである。

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