因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

オフィス樹特別企画公演 文学シリーズ 語る・噺・演ずる

2013-04-24 | 舞台

*公式サイトはこちら 南大塚ホール 24日のみ 
 現代社会に即した「家族」をテーマに、創作劇の上演をつづけているオフィス樹は、特別企画公演として「落語の会」や「語りと朗読の会」を行っている。今夜はその両者が合体したかたちであろうか、演目は以下のとおりである。休憩をはさんで上演時間は2時間30分。なかなかの長丁場である。
1、『尼将軍さまのカヤの木』
 長崎源之助作 深澤壽美子監修 市川兵衛、比嘉芳子、神由紀子(1)出演
2、『鼻』
 芥川龍之介作 仲木隆司出演
3、『語りと落語のおはなし』
 阿部寿美子、三遊亭圓窓の対談
ここで10分の休憩
4、『石一つ』
 杉村顕道原作 三遊亭圓窓脚色・出演
5、『山月記』
 中島敦作 阿部寿美子出演

 阿部寿美子といえば、70年代に小学生だった因幡屋にとってはNHKの人形劇『新八犬伝』(Wikipedia)である。滝澤馬琴の原作を辻村ジュサブローの人形で縦横無尽に描いた傑作ドラマで、とくに玉梓(たまずさ)が怨霊を演じた阿部寿美子さんのあの声と台詞は30年以上たったいまでも忘れられない。
「われこそわぁ~、玉梓ぐわぁぁおんりょうぅぅうお~!」
 だめだ文字に置き換えられない。あのおどろおどろしい叫びを聞くたびに、小学生は怖がりながらきゃあきゃあと大喜びしていたものであった。「今日もまた出てきた!」悪役敵役の極致にありながら、ぜったいいてほしいキャラクターという存在のしかた、ゲテモノというものがときに陶酔をもたらすことを教えてくれたのは、阿部寿美子さんの玉梓であった。

 公演のタイトル通り、文学を語り、噺(落語)、演ずるプログラムである。昨今のリーディング公演ではない。朗読会である。俳優は椅子にかけて台本を読む。照明や音響などは最小限に抑えられており、ほぼ俳優の語りの力量で物語を形成しなければならない。リーディング公演になれた身には、ここまで削ぎ落したシンプルなつくりはかえって新鮮でもあり、いっぽうでしっくりこないところもあった。

 プログラム前半がおわって休憩のあと、三遊亭圓窓と阿部寿美子の対談がはじまる直前のことである。ステージには椅子とマイクのほか、下手に映写機のようなものが置かれ、ホリゾントに辻村ジュサブローの人形劇公演らしきものが写されている。と、上手方向からだろうか、誰かと電話で話している阿部さんの声が聞こえてきたのだ。もうじき対談がはじまるのに圓窓師匠が来ないのよ。困ったわ、あら向こうから師匠がやってきた、じゃあね・・・という流れでふたりがステージにあがるという演出?らしかった。

 これには正直参った。まるで意味がわからない。くだけた雰囲気でお客さんをなごませて対談をはじめようという意図なのかもしれないが、ステージ袖から聞こえる阿部さんの声のボリューム、話の内容(つまり台詞)、すべてがはんぱで何の効果もあげていない。いったい何が起こっているのかと冷や冷やした。聞く方の身にもなってほしい。

 対談につづいて始まった師匠の落語も噺じたいはおもしろく聴いたものの、生の落語をたっぷり聴いたという手ごたえには程遠いものであった。いわゆるホール落語とはいえ、もう少し寄席らしい風情をつくる工夫がなされるべきではないか。

 すべてのプログラムが終了したカーテンコールで流れるものすごい歌も、歌じたいはいいものなのだろうが、この場で聞かせるにふさわしいのか疑問である。

 つまりこの公演には演出家が存在しないということだ。構成・演出として名前がなくとも、出演者の誰か、あるいはぜんいんが意見を出し合う総合演出でもかまわない。とにかくぜんたいのイメージ、個々の場面をどうするかなどを、舞台から距離をおいて客観的にみられる立場の人の手が必要なのではないか。

 阿部寿美子の『山月記』はすばらしかった。80歳を越えているとは思えない声量、声の張りや艶はもちろん、語りの巧さは声による3D効果とでも言おうか。現代の日常では使うことのない漢語や熟語がたくさんでてくる小説であるから、聴いてすぐに意味がわからないものも多い。しかしことばひとつひとつが粒だって、聴くものの心にまちがいなく届く。これは阿部の俳優としての技術だけでなく、作品の読解、解釈が的確であることの証左であろう。
 リーディングでも一人芝居でもない、語り、朗読という舞台芸術がここにあるのだと目が覚める思いであった。もっと阿部さんの語りを聴きたい。『新八犬伝』に夢中になった昔の小学生を、まだまだ驚かせ、楽しませてほしいのである。

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