因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

九十九ジャンクション第3回公演 『平和な時代に生まれて-終わりなき道の標たち-』

2016-06-17 | 舞台

*八屋亨作 歌原鷲演出 公式サイトはこちら 下北沢/楽園 19日で終了(1,2
 旗揚げから土屋理敬作品を続けて上演した九十九ジャンクションが、このたび「九十九ジャンクション新人発掘プロジェクト」と銘打ち、新進劇作家の八屋亨の作品に取り組んだ。当日リーフレットに八屋自身に寄る本作執筆の詳細な経緯が記されており、こんなことが現実にあるのかと驚くばかり。

 まず八屋は、2015年に起きた政治の行方に、多くの人々が政治に関心を持ち、さまざまな意見を交わしあったと振り返る。その折々に、「一国のリーダーが多用する言葉の使い方に私は、引っ掛かるものを感じずにはおれませんでした」と。それは「積極的平和主義」なる言葉であり、どうすれば、「積極的」なる形容詞をすけるにふさわしい平和実現と呼べるのか、一個人でできることは何なのかを考えていた。

 八屋は夫婦で飲食店を営んでおり、「前々から常連さんとして食べにきてくれていた劇団の大竹さん(注:九十九ジャンクションメンバーの俳優:大竹周作。所属は演劇集団円)が、九十九ジャンクション第一回公演、土屋理敬作『本間さんはころばない』のチラシを持って現れました」とある。演劇集団円が劇団としてよく利用しており、そのメンバーである大竹さんが、という意味であろうか。「(大竹さんが)役者である事もそれまで知らなかった」とあるから、店ぐるみで劇団を応援し、店内にチラシやポスターが掲示されていたり、「チケットの半券を提示するとドリンク1杯サービス」などのタイアップがあったりするわけではなさそうである
 九十九ジャンクションに「小生は勝手に何か誘われている様な気がして、演劇という形を使ったら、上手く妄想を具現化し、問題提起できるのではないかと思い」、「次第に親交が始まっていきました」と話はすすむ。「少しは好きで観ていたお芝居ですが、全く舞台のイロハなど分からず」という八屋は、それでも一応あらすじだけは書き上げた。大竹は、「時間はたっぷりありますから、是非一人で書いてみてください」。「結果、助力を得ながら、なんとか拙いなりに台本を書きあげることができたのも、あの一枚のチラシから始まった『思い込み』からでした」とある。

 八屋亨は演劇を見ることは好きでも、劇作の経験はなかった。しかし前述のように社会的、政治的な関心が強く、それをどのような行動をもってすれば、実現できるのかを模索していた。その意識に、九十九ジャンクションの第一回公演チラシを見たこと、大竹周作との語らいが次第に「戯曲執筆」という、本人にとっては想定外の行動につながったと理解した。

 劇作家になるためには講座の受講や学校での学び、先輩劇作家への私淑、戯曲コンクールへの応募など、その人によって必要なステッップはさまざまである。だがそのなかでも八屋亨のケースは非常に珍しいものであろう。八屋氏ご本人には大変な労苦があったと察せられ、ひとりの劇作家の、まさに生みの親となった大竹周作の慧眼、忍耐などを想像すると、どこにでもあるエピソードではない。

 はじまった物語はいまから20年後の2035年。集団的自衛権の行使容認によって、自衛隊の海外での活動により多くの死傷者が出たことで、志願者が減り続けている。時の与党・民自党は、20代の若者を中心に「徴兵制、兵役義務」の必要性を説き、高齢者層からの支持を受けている。
 舞台はあまり偏差値の高くない大学の政治研究サークルの部室。卒業生からは国会議員を輩出したり、政治家である父親の後継をのぞまれている学生が在籍しているサークルに、会社をリストラされたのち、一念発起して大学に入学してきたという中年男性・佐久間(椎葉よしひろ)がやってくる。はじめは学生たちの冗談ののりだったが、「積極的平和党」を名乗って国政選挙に出馬することになる。彼らが提案する政策は、20代のうちに2年間の軍事訓練義務を、40歳から60歳までの中高年が派遣地状況によって徴収される戦地兵役義務を負うというものだ。

 素人同然の積極的平和党のメンバーを、サークルの先輩である国会議員は冷笑する。しかし徴兵制の影響をまともに受ける若者世代から強い支持を受け、佐久間は当選。サークルの学生たちも4年後には出馬して政治家となり、政界で強い影響力を持つようになった。

 まるで夢のような話だが、佐久間という男性には妙な勢いがあり、あれよあれよという間に「当確」を出してしまう件、先輩議員や大御所的政治家が事務所にやってきて、法案提出に絡んでの根回しをするやりとりなど、政治の現場に出て知恵も知識も身につけた若者たちと、手練れの政治家が議論する場面にも見ごたえがあり、とてもはじめて戯曲を書いた人の作品とは思えない。

 本作のキーパーソンは、学生でも政治家でもないのに勝手に事務所に出入りしはじめるなぞの中年男性・松岡ゴロー(大竹周作)である。物語後半において、彼が何者か、何の目的でやってきたのかが次第に明かされていくあたりは、土屋理敬ばりの痛々しいサスペンスの様相を呈してくるが、わりあいあっさりと回収され、そこからさらに20年後、つまり現在から40年以上あとの場面で幕となる。

 2050年代、日本はどんな国になっているのだろう。自分はこの世に存在しているかどうかもわからない。自分の生きる国の行く末、子どもたちの未来ということは、自分が死んだ後の世の中といってもよい。それに対して、どこまで真剣に心を注ぐことができるのか。中高年になったかつての大学生たちが、世界のどこかの紛争地(といっても激烈な戦地ではない)に派遣され、昼食をとっている場面は、いささかとってつけたようではあるが、これがいまを基準にして考えられるぎりぎりでもあり、逆に一種のファンタジーとして受け止めることもできる。
 九十九ジャンクションの新人劇作家発掘プロジェクト第1弾。上々の出発ではなかろうか。

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3 コメント

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ご無沙汰しております (ツクモ芸能編集長 大竹周作)
2016-08-25 08:40:40
大変ご無沙汰しております。この度は、こんなにも暖かく九十九ジャンクションをご覧頂き、ありがとうございました。あまりの暖かさに、なんとお答えすべきか躊躇しておりましたところ、アッという間に夏を迎えてしまいました。大変申し訳ございません。正に、ご推察の通りでございます。今回は生みの苦しみとは何ぞやということを本当に学んだ作品となりました。今後も頑張って参ります。どうぞ見守り頂ければ幸いです。それから、本日25日の東京新聞13面で作家が特集されてます。よかったらご覧くださいませ
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追伸 (ツクモ芸能編集長 大竹周作)
2016-08-25 14:01:20
作家の店は『麺屋八蔵』と言いまして、最寄り駅は東急世田谷線 松陰神社駅です。とり辛つけ麺は美味しいです。あと、今だと夏季限定で冷やし豆乳担担麺もあります。三茶などでお芝居ご覧になった時、思い出したらご利用くださいませ(笑)
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こちらこそ (宮本起代子(因幡屋))
2016-08-25 15:19:35
ツクモ芸能編集長 大竹周作さま
こちらこそご無沙汰しております。拙稿お読みくださいましたこと、ならびにコメントをありがとうございました。
東京新聞買い損ねまして、後日図書館で拝読させていただきます。『麺屋八蔵』情報も感謝です。さっそくネットで確認し、シアタートラムの観劇に同道する友人を誘おうと計画開始いたしました。

以前「徹子の部屋」に出演された俳優の塩見三省さんが、あるドラマの小さな役に出演した塩見さんを見た修業中の脚本家が、「いつかあの人に出てもらいたい」と願いつづけ、数年後NHKの朝ドラを執筆し、塩見さんの出演が叶ったという話をされ、「ぼくらの仕事は明日あさってで答が出るものではないんだなと思いました」と語っておられました。ほんとうにそうですね。
大竹さんが劇作家を信頼して辛抱強く待ったことが、あの舞台に結実したのだと思います。
次回も楽しみにしております。
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