*アントン・チェーホフ原作 松枝佳紀翻案・演出 中田顕史郎ドラマターク 公式サイトはこちら 渋谷ギャラリー・ルデコ4F 3月2日まで アロッタファジャイナ公演の記事(1,2,3,4,5,6)
このブログに記録のある『かもめ』は(1,2,3) 。今年の芝居はじめが東京乾電池の『かもめ』であり、早くも2度めの『かもめ』を体験できるのは幸せなことである。
公演チラシ掲載の出演俳優はAチーム、Bチームそれぞれ6名である(アルカージナとマーシャをのぞいてダブルキャスト)。主だった人物だけでも4人、料理人や小間使いなどはまるまるカットされている。また「~21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~」という長いサブタイトルがつけられており、今回のアロッタ版『かもめ』に込めた作り手の情熱が強く伝わってくる。
登場人物が減ると、その人物の台詞をあとの6人が話すことになる。台詞の話し手が変われば台詞の意味もニュアンスも物語の方向も変わらざるを得ない。その変化を引き受けたのがマーシャとメドベージェンコであった。
メドベージェンコは『かもめ』の本筋に強く関わらず、恋愛や結婚による幸せや仕事の成功など、人生の多くの面において「諦めて下りている」人、ライバル意識や競争心を抱かない、少なくとも表面には出さない人というイメージがある。
マーシャのトレープレフへの思いはもはや病気であり、別の男性と結婚しようと遠くへ転勤しようと治る見込みはないと思われる。トレープレフは彼女を全く意に介さないのでメドベージェンコとして恋敵にどうこう言えない。それが今回は後半のある場面において、冷たいトレープレフに対し彼は、「マーシャにもっと優しくしてくれないか」と喧嘩腰で言う。
原作ではマーシャの母親が、自分も同じく夫以外の男性への片恋の苦しみを抱えながら、「お願いだからこの子にもっと優しくしてやって」と懇願する。
同じ台詞でもちがう人物が言えば、意味も目的も印象もすべてが変わってしまうのだ。それはこの場面だけに終わるものではなく、ひとつが替わればそれがぜんたいによくも悪くも影響を及ぼす。新しい演出や解釈には両面あって、未知の劇世界の構築がかなう場合もあり、壊してしまうこともあり得る。
この場面で言えば、メドベージェンコという人物のある一面を表出させ、マーシャとトレープレフ、メドベージェンコの三角関係の一端を描いた一方で、ここまでメドベージェンコに強い主張をさせたことの余波を、ほかの人物やあとの場面がじゅうぶんに受け切れていたかどうかは判断がむずかしい。
終幕、二―ナが出て行ったあと、トレープレフは自分の原稿を破り捨て、奥の部屋へゆく。アルカージナとトリゴーリン、マーシャが賑やかに部屋にやってくると奥から銃声らしき音。一同に緊張が走る。客席の自分も緊張した。最後の場面にアクションを起こし、台詞を言うドールンがアロッタ版にはいないのだ。マーシャが動くしかない。彼女はトレープレフのデスクに破られた原稿を見て少し顔色を変えており、その時点ですでに何らかの予感をしていたと想像する。しかしあくまでも冷静に「わたしがみてきます」と奥へゆき、戻ってくる。「やっぱりそうでした。エーテルの瓶が破裂して。子どもがいたずらをしたんでしょう」と告げ、話があると装ってトリゴーリンをアルカージナから遠ざけ、トレープレフの自殺を告げるのである。
一連の流れに大きな綻びはなく、自然にみることはできるだろう。しかし非常に細かいことを言えば、戻ってきたマーシャが「やっぱりそうでした」と言うには、奥の部屋へ行く前にそれを裏づける台詞が必要であろう。ドールンのいかにも医者らしい「きっと僕の薬カバンのなかで何か破裂したんでしょう」という台詞をそのままマーシャに言わせることはできず、といってマーシャにしっくりする新しい台詞をつくるのはむずかしい。
この場にメドベージェンコがいれば、もう少し自然になったかもしれない。しかしそうするためには、妻に「うちへ帰ろうよ」と懇願する場面をどうにかしなければならない。
むずかしいなあ・・・と思いつつ、このように頭のなかであれこれ考えることがいつのまにか楽しくなっていることに気づいて少々たじろいでいる。松枝マジックにはまってしまったのだろうか?この記事はおもに翻案面や演出面についての記述にとどまるため、作り手が狙った「中二病」のことばが象徴する日本の今という面をどうとらえるかはこれから考えたい。
公演パンフレット「アロッタ版『かもめ』を楽しむための12の証言」(500円)には、出演俳優全員と制作者と松枝佳紀との対談が丁寧にまとめられてい
る。それを読むと創作段階の苦労は並々ならぬものであったが、やがてそこに喜びを見いだしていっそう励んだことが伝わってくる。皆さんよい体験をなさった
のですね。客席から祝福を贈りたい。
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