因幡屋通信70号・・・秋から冬のトピック

　続きまして「秋から冬のトピック」と題し、昨年9月から12月までの心に残る舞台の短評をお届けいたします。タイトル部分のリンクは観劇直後のblogk記事です。ご参考までに。

☆9月☆

　＊名取事務所公演　内藤裕子作・演出『灯に佇む』＠下北沢･小劇場B1

　　町の小さな医院を舞台に、医師と看護師、がん患者とその家族が「丸山ワクチン」の使用をめぐって思い悩む。かつて医師を目指し、丸山ワクチンを必要とする癌患者とその家族の苦悩を知るプロデューサー･名取敏行の強い使命感が、丁寧な取材に基づく誠実な戯曲と演出、それに応える俳優陣の健闘に結実した。

☆10月☆

　＊劇団文化座公演　リリアン･ヘルマン作　常田景子翻訳　西川信廣演　『子供の時間』＠東京芸術劇場シアターウェスト

　子どもの他愛ない嘘とはとても言えない、悪意に満ちた振る舞いに大人たちが翻弄され、制御不能の果てに取り返しのつかない悲劇を生む。やりきれない物語にもかかわらず、終演後に複雑な爽快感をもたらしたのは、作り手の誠実な姿勢の賜物。

　＊劇団唐ゼミ☆第30回特別公演　唐十郎作　中野敦之演出『唐版　風の又三郎』＠浅草花やしき裏特設テント劇場

　広々とした新宿中央公園から打って変わって、花やしきのアトラクションの轟音や来場者の歓声が容赦なく飛び込む場所での再演だ。終幕を待っていたかのように雨が降りはじめた。この高揚感が帰り道の浅草の風景を変容させる。

　

☆11月☆

　＊ぱぷりか第5回公演　福名理穂作・演出『柔らかく揺れる』
＠こまばアゴラ劇場
 　広島出身の劇作家による全編広島ことばの舞台。川のそばに住む一家が日々小さな諍いを繰り返す。家族の温もりよりも、家族ゆえの絶望的な無力感や不信、嫌悪を言葉少なに描く。第66回岸田國士戯曲賞の最終候補に選ばれており、これからどのように変化してゆくのかが楽しみであり、少々怖くもある劇作家である。

＊劇団民藝公演　井伏鱒二原作　吉永仁郎脚色　髙橋清祐･中島裕一郎演　『集金旅行』＠俳優座劇場
　2013年の初演以来全国を巡演し、上演回数200回を超える劇団の財産演目として東京での凱旋公演となった。アパートの家賃を不払いのまま夜逃げした間借り人たちを追うヤブセマスオ（西川明）と、自分を捨てた不実な男たちから慰謝料を取り立てるランコ（樫山文枝）の珍道中。金による幸福と不幸は隣り合わせであり、あの手この手で集金に邁進していたふたりは、金に依らない温かな心の交わりに導かれてゆく。
 　

☆12月☆

　＊リーディング新派inエンパク　
　樋口一葉原作　久保田万太郎脚色　齋藤雅文構成・演出
『十三夜』＠早稲田大学大隈記念講堂小講堂

　おせきを波乃久里子、父を柳田豊、母を伊藤みどり、幼なじみ録之助を喜多村緑郎による朗読を間近で聴く。音調の堅田喜三代も登場し、離縁を決意したおせきがためらいがちに開ける引き戸の微妙な音の実演を披露、アフタートークも充実の一夜であった。今年本公演が行われないとは淋しい限り。

　＊演劇集団円＋シアターχ提携公演　円・こどもステージ40周年
岸田今日子記念　水木しげる原作　京極夏彦脚本　内藤裕子演出『河童の三平』＠シアターχ　
　企画は円所属の俳優･牛尾茉由である。その溢れんばかりの熱意と愛情がさらりとした語り口の舞台に転化され、人間の生と死という哲学的問題をさりげなく提示する。今年は東京だけでなく、水木しげるの故郷･鳥取でも再演されるとのこと。多くの子どもたち、大人たちとの出会いがあることを祈る。

＊朱の会小公演 Vol.1＠阿佐谷ワークショップ

　主宰の神由紀子はじめ、佐藤昇、玉木文子、高井康行がそれぞれ自分で選んだ作品を朗読、あるいは一人芝居で演じた。文学作品を朗読する難しさ、それゆえの奥深さを知る。「えびす組劇場見聞録」65号掲載「好劇好日―朱の会小公演に寄せて」をどうぞ。

 

2021年　因幡屋演劇賞

＊劇団唐組　第66回公演　唐十郎作　久保井研＋唐十郎演出
『少女都市からの呼び声』＋因幡屋通信68号
＊劇団民藝公演　三好十郎作　田中麻衣子演出『地熱』
＊鵺的第14回公演　高木登作・演出『夜会行』＋因幡屋通信69号
＊劇団文化座公演159　リリアン･ヘルマン作　常田景子翻訳
　西川信廣演出『子供の時間』
＊文学座12月アトリエの会公演　ハロルド･ピンター作
 　喜志哲雄翻訳　的早孝起演出『Hello～ハロルド･ピンター作品6選～』