因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

Ring-Bong lavo vol.2『ああ、母さん、あなたに申しましょう』

2020-08-29 | 舞台
*山谷典子作 辻輝猛演出 公式サイトはこちら 綜合藝術茶房 喫茶茶会記 31日まで これまでの観劇記事はこちらをスクロール
 「Ring-Bong lavo(リンボン研究室)は、文学座の俳優である山谷典子が戦争と平和をテーマとして描いた台本を上演しているRing-Bong公演の中で、本公演とは違うテイスト、または実験的な試みをする場としての公演となっている」(公式サイトより)。昨年の上演が好評を得ての再演は、ウィルス感染予防のため、客席を半数に減らしての公演となった。厳しい残暑と出口の見えないウィルス災禍に疲れた心身が瑞々しく生き返るかのような佳品である。

 タイトルは、モーツァルト作曲のピアノ変奏曲に由来する。「きらきら星変奏曲」として有名な曲だが、もとの題名は「ああ、母さん、あなたに申しましょう」で、この曲が本作の重要なモチーフであることは、物語が進むにつれて明らかになる。

 翔子(小川萌子)は彫刻家の茂雄(田中宏樹/荻野貴継)の作品に一目惚れして結婚。生活のほとんどは企業でバリバリと働く翔子が支えているが、いい加減に子どもを産みたい。それも2月1日までに。それを過ぎると保育園への入園がむずかしくなるためで、自分の都合で妊娠を急ぐ妻を茂雄は持て余し気味だ。夫婦の意識はいささかずれているものの、やがて翔子は双子を身籠る。と、舞台後方にもうひと組の男女、古川工(高瀬哲朗)と篠塚雅子(山崎美貴)である。どちらも昭和2年生まれだというふたりは、彼らが翔子の胎内に宿った双子たちの前世のすがたらしい。

 胎の子を子どもが演じるのであれば既視感があるが、さまざまな苦労を重ねて戦中戦後を生き抜いて人生を終えた男女が、若い夫婦が授かった双子として新しくこの世に生まれようとしているという趣向がおもしろい。少々変わった輪廻転生のかたちである。些細なことで諍いが絶えない翔子と茂雄を見ながら、工と雅子は、人生の先輩らしい諦念と慈愛を以て出産までの日々を見守り、励ます。翔子と茂雄、産婦人科医や茂雄の父親を縦軸に、再び生まれようとしている工と雅子を横軸に語られる1時間の物語だ。

 人の世の苦しみや悲しみを嫌というほど味わった老人が、自分たちよりはるかに若い夫婦のことを、早くも両親として自然に慕っている。このちょっと変則的な設定が、演劇的ファンタジーとなって観客を惹きつける。

 重要なのは、ふたりの老人と若夫婦に血縁関係はまったくないということだ。子どもがなければ、自分の血を受け継ぐものを残せない。しかし、本作は血縁を越えて、自分と後の時代をつなぐこと、希望を託すことは可能であると示す。「自分の命は自分だけのものではない。両親や祖父母たちから受け継いだものだ」とはよく言われることであるが、もしかするとわたしたちは、会ったことのない誰かの思いを受け継いで今を生きているのではないか。これまでを振り返ってみると、偶然の出会いや不思議な交わりが何度かあった。目に見えない大きなものに守られ、導かれているような気がする。もしかすると、このわたしも見知らぬ誰かの生まれ変わりではないのかしらん…。

 翔子と茂雄の会話は軽快にテンポよく、工と雅子のそれはおっとりと優しく、両者のバランスが絶妙で、美しくリズムの整った劇を形成している。ファンタジーに凭れすぎず、周到に張った伏線を誠実に掬い取っている。たとえば翔子という女性はなかなかに計算高く、同性の友人への見栄や気取りを隠そうとしない。工と雅子が「わたしたちここに生まれて大丈夫なんでしょうか」と懸念するのももっともだ。しかしかつて工が幼い翔子に出会ったときのエピソードにはあざとさがなく、工が翔子の子として生まれ変わることの必然、母親となった翔子がどう変わっていくかという期待にもつながっていくのである。

 2018年に放送されたNHKのテレビドラマ『透明なゆりかご』を思い出した。発達障害を持つ高校生アオイ(清原果耶)が小さな産婦人科医で看護師見習いとして働く日々を描いた作品だ。赤ちゃんが生まれるのはとても喜ばしく幸せなことだが、そこには堕胎や流産、出産直後に母親が亡くなったり、不妊に苦悩する夫妻やわが子の虐待、育児放棄など、さまざまな問題がある。人は生まれてからも容易に生きていくことはできない。それでもアオイはみどりごを心から祝福する。

 陣痛に耐える必死の翔子とこれも懸命に妻を支える茂雄、両親を励ましながら「わたしたちを愛してください。わたしたちもあなたたちを愛しますから」と語りながら生まれてくる工と雅子。祝福に満ちた終幕は胸を打つ。子が生まれるのは単に行為の結果ではなく、やはりそこには神の配剤があるのではないだろうか。

 『ああ、母さん、あなたに申しましょう』は、夏なら爽やかな氷水、冬ならきっと温かいスープのように、見る者の心身を癒し、力づけるだろう。願わくば違う季節にもう一度見てみたい舞台である。
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