*野木萌葱作・演出 公式サイトはこちら 上野ストアハウス 12月2日まで(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16)
小劇場特有の狭苦しさ。それはそれで魅力的なのだが、上野駅周辺の喧騒から少しはなれて位置するストアハウスは、地下の劇場へ向かう階段やロビー、客席もゆったりしており、落ち着いて開演を待つことができる。劇場に入ってから心をしずめる時間は大切だ。
舞台には銀色のパイプを組んだ装置がふたつ並べられ、そこが蒸気機関車が出発を待つ操車場や運転台、轢断現場、警察署の一室などになる。相変わらず旺盛に新作を発表し続ける野木萌葱の新作は、詳しい方ならタイトルをみた瞬間におわかりだろう、下山事件をベースにしたものだ。GHQ占領下において、生きる人は程度のちがいはあれ、戦争の影を負う。国鉄総裁の下山貞則は自殺か他殺か。自殺だとしたらほんとうの原因は何か。他殺だとしたら誰が、何のために。真実はなお謎であり、戦後の日本における重苦しい闇の象徴ともいえる事件である。
登場人物は機関士、機関助士、車掌、弁護士、警官、役人の6名だ。劇中ではそれぞれ人物の名前を名のったり呼びかけたりする台詞があるが、当日リーフレット記載の配役表には人物の職業だけ記されている。最後に登場する「役人」、これが曲者なのである。
現実に起こった事件を取り上げるとき、その多くは真相が不明のまま迷宮入りしたものである。それに対して社会的な切り口で真相を究明する方向ではなく、劇作家が想像力を働かせてたどりついたひとつの「仮説」によって劇世界を構築する。ときにそれは「妄想」の域にも達するが、それがパラドックス定数、野木萌葱作品の醍醐味である。
今回も下山事件の闇にどのように光をあてるのかに注目した。事件の謎解きがひとつの軸であることはたしかだが、国鉄職員、警官、弁護人と立場はそれぞれ違っても、戦争の影や傷を負って懸命に働く者たちの人生がしだいにあぶりだされてゆくさまに引き込まれていった。
植村宏司演じる「役人」の存在が、劇世界を複雑にすると同時に、油にまみれて働く機関士たちの作業服の匂いまで想像させる。彼が劇中でどのような役割を果たすかは、上演中の舞台ゆえ詳しくは書けない。虚実入り混じる作風はお手のものの劇作家にとっても、今回の設定は冒険であろうし、演じる俳優も苦労したのではないか。
実は観劇中盤あたりから緩い眠気に襲われて観劇の集中がとぎれてしまったのだ。なので『怪人21面相』や『三億円事件』ほどの手ごたえには至らなかったのだが、上演台本を読むと、台詞を聞き逃してしまったためにじゅうぶんに味わえなかった場面があることに気づき、残念な気持ちに。
これは宿題だな。
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