因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

green flowers vol.12『ふきげんなマリアのきげん』

2012-09-29 | 舞台

*イトキチ作 内藤裕子演出 公式サイトはこちら シアター風姿花伝 30日まで
 昨年晩秋の『かっぽれ!』ではじめて出会って以来、green flowers 通称グリフラは、これまで知らなかった不覚を埋めるべく、きちんと見続けたいカンパニーになった。女優のさとうゆいと演出家内藤裕子のふたりユニットの舞台つくりは、とても丁寧で心がこもっており、劇場に足を運ぶ人にきちんと手渡そうとする誠意が伝わってくる。今回は明治の文豪森鴎外の娘・茉莉を中心とする子どもたちを描いたオリジナル作品である。シアター風姿花伝ははじめて行く劇場で、階段を上ったと思ったら下りたりするところが不思議だが、客席の広さや天井の高さやぜんたいの雰囲気が肌になじんで、いい雰囲気だ。
 前回公演のときも感じたことだが、グリフラには意外に年配のお客さま、それも数人が連れだって来ている方々が多い。知りあいに声をかけ、誘いあっていっしょに楽しむ。客席の空気は温かく、心地よいものである。

 劇の冒頭で森林太郎、すなわち鴎外(高井康行)が自己紹介をし、劇のはじまりを告げる。
 場所は鴎外の長女茉莉(さとうゆい)が暮すアパートの一室だ。森家の様相を描いた作品を出版しようとしている末の弟、難色を示している長兄と次女、編集担当者、おとなりに住む女性がつぎつぎに押しかけ、騒動が起こる。

 父親が再婚したために、最初の妻とのあいだに生まれた長兄はあとの3人とは異母兄弟ということになり、森家の家族関係は少々複雑だ。ひとつとして同じ家族はなく、何が特殊でどうなら普通であるかは単純にいえることではない。明治大正の文豪を父にもつという設定は、それだけでじゅうぶん特殊であるが、「子煩悩で、嫌われるような小言は母親に任せるような普通の父親」(当日リーフレット掲載の内藤裕子の挨拶文より)であり、それぞれに家庭をもつような年ごろなのに、子どものときああだった、こうだったと昔のはなしを蒸し返して口げんかを繰り返すきょうだいたちのすがたは、叩けば埃のでる家族の普遍的な匂いを強烈に発している。

 前回公演に出演していたおなじみの俳優さんが今回も数人出演していることもあり、劇作家や演出家と互いによく理解しあっている様子がうかがえる。配役も実に適材適所で、性格のばらばらな森家のきょうだいたちに、何にでもいつのまにか首を突っ込んでいるおとなりの村田さん(松本舞)や、きょうだいたちのあいだで右往左往する編集者の島田さん(歌川貴賀志)など、劇作家の目の確かなこと、演出が的確であること、それに応える俳優の努力が伝わってくる。
 末弟はぜったいに本を出したい、兄はどっちつかず、姉たちはぜったいに反対というのだから話はまとまらない。村田さんは何にでも口を出すわ、島田さんは担当をおりたいと言いだすわで、いよいよ混乱する。

 このやりとりが大変おもしろい。どかんどかんと笑いが爆発してもいいようなおもしろさだったのに、筆者観劇日の客席が静かだったのはなぜだろう。前述のように年配者が多かったためのか。おもしろいと感じても声を出して笑うアクションに結びつくには自分だけではむずかしい。周囲のお客さまもある程度いっしょになって盛り上がる空気が必要で、それが控えめだったのは残念であった。日によっては笑いの多いときもあると思われ、客席の反応によっても芝居のテンポは左右されるから、この日はどちらも少しお行儀がよすぎたのかもしれない。

 きょうだいたちの現在のやりとりに、父親である鴎外が猫にすがたをかえて娘の部屋にやってくる仕掛けや、決して広くはないステージを巧みに使って、子ども時代の思い出の場面が挿入されるところなども、劇作家イトキチが森茉莉の作品を入念に読み込んで自分の劇作に折り込んでいることがわかる。しかもその手法はあざとくなく、好ましいものである。

 前半のやりとりで客席は劇世界のテンポをつかみ、からだをなじませる。そこに現れる長女の息子と愛人は、心地よい劇世界をきしませる異物であり、そこから物語がさらに展開し、弾んでゆくことを期待した。いわば起承転結の「転」の部分だが残念ながらここが弱く、舞台の空気がゆるんでしまったことが惜しまれる。

 グリフラは地味ながら非常に堅実で、バランスのとれたカンパニーである。誠実で努力家の劇作家と演出家(舞台の雰囲気からそう思うのである)がいて、息の合った俳優がいる上に、応援するお客さまが層厚く存在する。あともう少し、あと一歩があれば、もっともっと素晴らしい舞台が生まれるのではないか。
 

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