因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団東京夜光『fragment』

2023-09-15 | 舞台
*川名幸宏作・演出 公式サイトはこちら(川名作・演出、演出のみも含め 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10)18日終了 吉祥寺シアター
 複数の公演関係者に体調不良が確認されて8日の初日が延期、12日に再開するも出演俳優のひとりが体調を崩し、主宰の川名が代役をつとめて千秋楽までを乗り切った。死にもの狂いの奮闘だったことだろう。客席から敬意を表したい。

 ローチケ演劇部掲載の川名のインターヴューには、吉祥寺シアターでの上演を前に吉祥寺について詳しく調べ、本作の構想を練った経緯が詳しく語られている。「住みたい街」として常に上位にランキングされる吉祥寺だが、太平洋戦争当時、軍需工場が多くあ

ったため、B29による東京空襲の最初の標的となった。現在の賑わいからは想像もできない戦争の影を秘めた街だったのだ。

 学生時代の演劇仲間が久しぶりに集い、公園でバーベキューをしている。総勢11名だ。皆30代なかばで、お笑いの構成作家、脚本家、演出家・監督として目立った活動をしている者がいる一方で、俳優を勤める者はいずれもアルバイトと兼業中だ。仲間内で結婚し、育児中の者もいる。設定された年齢は33歳から36歳まででそれほど差はないが、呼び方や言葉遣いや態度から、学生時代の先輩後輩の関係が律儀に守られていることがわかる。

 賑やかに食べて飲んで語らいながら、主人公の白戸景(丸山港都)の心の内は穏やかではない。長い付き合いの恋人(ししどともこ/カムヰヤッセン)に唐突にプロポーズするが、そのあまりに雑な言い様に彼女は呆れるばかり。さらに俳優として先が見えないことの不安や焦燥から、景は仲間に対し、自分の評価を求める。遠慮ない答に傷つき、成功している者への嫉妬が言葉の端々に出て、相手を不快にさせる。たとえば育児中の崎野空(笹本志穂/劇団民藝)に投げかける言葉は、職場における言動ではないが、マタニティハラスメントと言われても致し方ないだろう。不満や鬱屈を周囲にぶつけることでますます自己嫌悪に陥る表情など、大人になりきれない困った男子を演じて、丸山港都はまことに絶妙な造形だ。劇作家・演出家の手並みも冴えている。

 テンポ良く軽快なやりとりが、景が発する毒や棘によって目まぐるしく変容する。勢いと停滞、緩急自在の空気が物語を弾ませる。いったいこのあと、どう続くのか。

 と、物語はまさかの展開を見せる。

 現在の日本で、ほんとうに戦争が始まってしまったのである。タイムスリップなどのSFではない。彼らは戦時中の地下の防空壕に逃げ込む。景は壕の中から、ひとりの少女が80年前に残した日記帳を見つける。戦争反対のメッセージ動画を作るグループがなかなかの盛り上がりを見せる一方で、直前に別れた妻子を探して、崎野武(草野峻平)は瓦礫と化した街をさまよう。やがて彼等のスマホが一斉に鳴りだした。

 世界情勢が目まぐるしく変化し、きな臭い空気が次第に濃厚になりつつあるのは確かである。今が新たなる戦前ではないかという危惧を抱くのはむしろ賢明であろう。しかし本作前半の場面のやりとりから、自分はそういった空気を感じ取れなかった。いや、それほどまでに意識しなかった戦争が突如始まったこと、それに翻弄される人々を描きたかったのか?

 スマホから聞こえて来た政府(あるいは自治体か)のメッセージは、地下壕に潜む彼等の情報を全て把握した上に、口調はあくまで丁寧ながら、彼等に敵国との抗戦を強いる。この点がいささか極端ではないか。必ずしも「匂わせ」や伏線を設定し、それらの回収が必要ではないのだが、たとえば憲法9条は全く効力を持たなかったかなどと考えるのは野暮なのだろうか。この激しい展開に対する違和感が最後まで拭えず、劇世界を受け止めきれなかったことが残念だ。

 ふと北村想の『ザ・シェルター』を思い起こした。こちらは核シェルターで実験的な合宿をする家族の様子を一見ドタバタ劇風に見せながら、シェルターを出てみたとき、地上は実際に核戦争が起こっていたことを暗示する物語だ。真っ赤な夕焼け空のもと、祖父と孫がとんぼ採りをはじめる終幕に漂う諦念と悲しみは、説明も断定もないだけに、いっそう切ない。

 川名幸宏は、演劇そのものだけでなく、「劇団」というコミュニティー、そこにおける交わりをことさら大切にしているのだと思う。そして、「劇団」を演劇にする、演劇として描くことに心を注いでいる。主宰のその思いに応える「劇団員」、共鳴する俳優、スタッフの存在があり、作り上げる舞台を観たいと願う観客がいる。地下壕から出た彼と彼女たちがこのあとどうなるのかはわからないが、悪い方向にばかり進んでいるこの世、新たなる戦前と言われる今、不要不急の演劇、生産性の低い劇団が、世界を救うことができるのか。公演が終われば『fragment』の座組は解散し、それぞれの場所で別々の歩みが既に始まっている。その歩みのなかに、今回の舞台から得た力や勇気が活かされるのではないだろうか。闘いたくないという思想を貫けなかった白戸景がこれからどう変わるのか。父親になれるのか。変わった(あるいは変われなかった)景を、丸山港都がどう演じるのだろう。自分の心のなかで、密やかに「続編」が始まっている。
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