因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

リーディング新派 in エンパク『十三夜』

2021-12-15 | 舞台
*樋口一葉原作 久保田万太郎脚色 齋藤雅文構成・演出 公式サイトはこちら 早稲田大学大隈講堂小講堂 12月15日のみ
 早稲田大学演劇博物館(エンパク)で開催中の「新派 SHIMPA―アヴァンギャルド演劇の水脈ー」関連企画として一夜限りの朗読劇が上演された。感染対策として定員は130名限定である。事前申し込みの抽選に運よく当たり、足を運ぶことができた。10分おきの規制退場ならぬ「規制入場」が行われ、全席開放の劇場が増えるなか、座席も一つ置きの徹底対策が取られている。

 ステージには俳優のかける椅子ごとにパーテーションが設置されており、波乃久理子(原田せき)、柳田豊(その父齋藤主計)、伊藤みどり(同じく母もよ)、さらに「音調」の堅田喜三代が下手に付き、柝 の音が響いて開演となる。堅田が格子戸の開く音(あのような道具を使うのか!)、虫の音などを実演するなか、声だけ、音だけの『十三夜』が始まった。

 本作の観劇歴を紐解いてみると、文学座勉強会(2003年1月/当blog開設前)、第15回みつわ会公演(2012年3月)、一葉記念館での文学座有志による朗読公演(2014年9月)など、文学座を中心にした、いわゆる新劇系の舞台がほとんどである。器量を見初められて官吏に嫁ぎ、息子をもうけたものの夫に飽きられ、冷たい仕打ちに耐えかねて離縁を決意して実家にやってきた「おせき」が父に諭され、耐え抜く人生を選ぶ物語である。

 脚色の久保田万太郎による戯曲には、おせきの年齢は「二十四五」とある。明治26年ごろという戯曲の設定があり、当時ははたち前に結婚して母親になる女性は少なくなかったのだろう。花柳章太郎、初代水谷八重子に続いて、そのおせきを演じ続けているのは76歳の波乃久里子である。

 本式の上演のようなかつらや化粧、衣裳もつけない素のままである。また若い女性らしい声の調子にするなど、いわゆる「若作り」を一切しない読みぶりだ。なのに俳優の実年齢と人物の年齢のちがいなどという見方は吹き飛んでしまい、ただただおせきの日々のいかに辛く、どれほどの思いをして実家に来たのか、父に諭されて夫のもとに戻ることを決める心の動きを、その声と表情、佇まいから感じ取ろうと前のめりで聴き入った。

 父の主計を演じる柳田豊は91歳であるが、台詞は明晰でよどみなく、そのなかに温かな労りが滲み、この父に諭されるおせきの心持が想像できるものであった。母のもよ役の伊藤みどりも同様である。後半はおせきの幼なじみで車夫となった高坂録之助役の喜多村緑郎が登場し、劇団新派の大看板、国宝級のベテランに若手筆頭までが顔を揃える贅沢な舞台となった。

 上演後のトークタイムにおいて、久里子は先達との思い出をいくつか語ったのだが、とりわけ初代水谷八重子に甚く傾倒していること、その芸を継承せんとする志が熱く伝わり、久里子のなかに初代八重子が息づいていることを確信した。どう頑張ってもわたしは初代八重子を観ることはできない。しかし久里子の舞台から、その姿を感じ取りたいと思う。

 録之助役の喜多村緑郎は『十三夜』に初参加なのだが、それが朗読形式という特殊体験の戸惑いを率直に語った。俳優にとって、動きが封じられるというのはまことにやりにくいらしく、台詞にはまだ生硬なところがあったが、今後録之助が彼の持ち役になるであろうことは充分に期待できる。放蕩を尽くして世捨て人のようになりながら、得も言われぬ色香を放つ録之助が(といって、おせきとの関係が進展する可能性を予感させるほど生ぐさくあってはならない)今から楽しみである。

 またかつての師匠であった市川猿翁が、「歌舞伎は突っ込んだ芝居ができない」と話していたことも披露され、新派の演技は、リアルな呼吸に台詞を乗せることであり、「柳田豊さんの台詞はすごい」と先輩への称賛を惜しまない。

 開幕と終幕の柝の音を担当したのが今回構成・演出を担った齋藤雅文であるのも佳き趣向であった。久保田万太郎から文学座の戌井市郎の演出によって、ほぼ完成している作品を継承していることを誠実に受け止め、古典と新作を同時に作らないと演劇は痩せてしまうことを静かに語った。
 
 登壇者は何度か「新派はおしゃれ」あるいは「艶」と口にしたのだが、新派歴の短い自分

は、この「おしゃれ」について考えてみたい。

 終演後、今夜の舞台のごとく美しい月が夜道を照らしていた。耳で聴いた俳優の台詞、音調が心に響いている。幸せな一夜であった。


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