因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

第16回明治大学シェイクスピアプロジェクト『ローマ英雄伝』

2019-11-08 | 舞台

公式サイトはこち1,2,3,4ウィリアム・シェイクスピア原作 コラプターズ(学生翻訳チーム)翻訳 プロデューサー/武井恵(文学部2年)演出/谷口由佳(文学部4年)西沢栄治(JAM SESSION)監修 明治大学駿河台キャンパス/アカデミーホール 10日終了

 シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を第一部、『アントニーとクレオパトラ』を第二部とし、ふたつの戯曲を1本の物語に再構成した舞台である。このような構成にした理由や経緯は、本公演パンフレットに掲載の井上優准教授の寄稿に詳しい。『ハムレット』や『マクベス』、『リア王』など、主人公という1本の軸が存在する物語はその人に沿って戯曲を読み、舞台を見ることができるが、歴史劇となると、より広い視点や捉え方が必要になる。9月に上演されたMSPインディーズの『ローマとんでも英雄伝―もうひとつのローマ英雄伝―』の新鮮な記憶を以てしても、入り込むのはたやすくない。

 MSPでは過去にも二本立て公演の実績があるが、自分が観劇したのは一昨年のMidsummer Nightmareである。今回の第一部は武人たちの権力抗争劇であり、人物の相関関係が複雑な上、激論が交わされるかと思うと、調略や裏切りによって状況が二転三転するため、気持ちをどこに置いてよいかを迷いながらの観劇となる。また大きな会場での台詞の発し方は難しいのであろうか、声が散って聞き取りにくかったために話の流れや人物関係を把握しづらい箇所が散見し、集中を欠いたことは残念であった。第二部はヒロイン、クレオパトラが登場することもあり、メリハリの効いた舞台運びとなる。後味がいいとは言えない結末を、冒頭と同じくローマ市民たちの群舞と、最後の最後にオクタヴィヌス・シーザーが現れて閉じる終幕のセンスに感じ入った。暗転になったところで拍手が起きてしまったのは致し方ないか。暗転の時間(といってもほんの数秒と思われる)や人物登場のほんの少しのタイミングの調整で、さらに効果を上げることも可能だろう。

  例年記しているが、ここ数年、プロデューサー、演出ともに女性が務めていること、堂々たる貫禄、プロと見まごうほど達者な演技を披露する学生のなかにも、各制作スタッフのチーフに1年生、2年生が少なからずいる。昭和世代の自分の体験には、グループを率いるリーダーは男性であり、女性は補助的な役割を担うもの、上級生が中心になり、下級生はそれに従うといった図式が厳然と存在し、感覚にも強固に刷り込まれている。しかしそういった図式は、もはやここには存在しないのではないか。ジェンダーも学年も関係なく、適材適所の役割を誠実に果たしていると驚くこと自体、古びた感覚なのかもしれない。

  今年はJAM SESSION主宰の西沢栄治が初めて監修をつとめた。この記事を書くために当ブログの西沢演出の観劇記事を整理してみたところ1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14、西沢の舞台本編だけでなく、当日リーフレットへの寄稿を読み返しては、都度励まされていることがわかる。自らが演出の腕を振るうのではなく、一歩引いて学生たちの創作活動を見守る監修であっても、西沢の主張は変わらない。本公演のパンフレットの寄稿の一部を少し長いが引用する。「演劇なんて、なくても誰も困らない。やってもやんなくてもどっちでもいいものだ。けれども。けれど演劇体験があるかないかで人生は大きく違うと思う。人間について、世界や愛について、こんなに全身で考えることはないからだ。誰に頼まれたわけでもないのに、わざわざ面倒な道を選んだ素敵な馬鹿者たち。がんばろうぜ」。客席にいる自分までも心を奮い立たせられる。そう、作る方にも見る方いずれの人生にも、演劇は役に立つのだ。

  本公演より「事前ブロック指定制 当日受付時座席指定」というシステムが採用された。会場であるアカデミーコモンの構造的な問題への対応はなかなか難しいようで、さまざまに検討した上でのことと想像する。制作スタッフが手慣れた様子できちんと観客を誘導するすがたは気持ちよく、観客も穏やかに並んでいる。しかしながら会場に到着してから座席にたどり着くと既に30分が経過しており、そこから休憩を挟んで3時間10分となると、ほとんど歌舞伎座か新橋演舞場の夜の部に近い、長時間の観劇になる。長時間であることが妨げにはならないものの、MSPの観劇を毎年の楽しみにしている大勢の観客の一人として、入場システムに関しては何とかご一考いただければと思い、敢えて記す次第である。

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