因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

葛河思潮社第4回公演『背信』

2014-09-30 | 舞台

*ハロルド・ピンター作 喜志哲雄翻訳 長塚圭史演出 公式サイトはこちら 神奈川芸術劇場、東京芸術劇場シアターイーストの上演は9月30日で終了 仙台、豊橋、新潟を巡演

 舞台には3つの空間がつくられている。中央には白く高い壁があり、長方形の窓に、まるで十字架のように縦方向の飾り窓が作られて、縦横がまじわる中央部分からぽっかりと青空と雲がみえる。左右にはベッドやソファ、テーブルなどがさりげなく置かれ、これらがどのように機能するのか、みるものの想像を掻きたてる。

 画廊経営者のエマ(松雪泰子)と出版社を経営するロバート夫婦、ロバートの学生時代からの友人である作家エージェントのジュリーとの不倫関係が、時系列ではなく、時間を逆行しながら(一部例外箇所もある)描かれる。
 登場人物はいまの場面の顛末を知らずにそこにいるが、観客はすでに知っている。厳密に言えば、演じる俳優はすべて知っているけれども、人物としては知らないように演技をする・・・などなど、一筋縄ではいかない、複雑で微妙な作品だ。

 自分は1993年、デヴィッド・ルヴォー演出による『背信』を一度みている。エマを佐藤オリエ、ロバートを木場勝己、ジュリーを塩野谷正幸の布陣で、ベニサン・ピットで上演された。はじめてのピンター作品であり、年代が字幕で提示されるにしても、時間が逆行する構造にはとまどいがあり、深く味わうにはいたらなかった。当時ルヴォー演出で円熟の花を開かせた佐藤オリエ、木場勝己はまさに充実の演技であったが、本作の配役としてずばりなのか、さらに塩野谷正幸が加わることにもしっくりしない印象があった。
 しかし舞台転換時に流れるバッハの『ゴールドベルク変奏曲』が、この変則的な舞台の流れを支え、わからないなりに何となくであるが、『背信』は好きな作品になった。それ以来、21年ぶりの再会となったわけである。

 仮に本作の構造や流れなどの予備知識いっさいなしでいきなり舞台をみたとしたら、いったいどんな印象になるのだろうか。
 自分は以前にちがう座組みでみており、戯曲を読み、喜志哲雄先生の注解書『劇作家ハロルド・ピンター』も読んだ。

劇作家ハロルド・ピンター 劇作家ハロルド・ピンター
価格:¥ 6,048(税込)
発売日:2010-03-24

 だがいくら事前に勉強したからといっても、「これで完璧に理解したぞ」と思った瞬間、すでにそれはある種のまちがいである。

 曲りなりに観劇体験も重ね、さまざまな知識を得たいま、ルヴォーの『背信』の舞台をみたとしたら、もっと明確に理解し、深く味わうことができるのだろうか。もうこれはいくら想像してもわからないのである。

 自分は今回の『背信』を、いまの自分なりに楽しむことができた。作品の設定に俳優の実年齢がわりあい近いことによる親近感、神奈川芸術劇場での初日を終えた俳優陣のインタヴューをパンフレットに掲載したり、ワークショップやディスカッションを重ねて、何とかこの作品をよいものにしたい、客席に届けたいという心意気が伝わってくる。この健闘ぶりは讃えられるべきであろう。
 その効果なのか、舞台からは客席を強く意識していることが感じられた。この作品を上演する気負い、自意識である。このようにみせたいという意図、この方法をどう思いますか?という問いかけなど、つくり手からのメッセージが強く発せられている。
 これをどうとらえるか。観劇から数日経っても考えている。

 舞台をみることはもちろん、戯曲や関連書を読むことも楽しい。とくにピンター作品は観劇と戯曲、関連書を何度も繰り返し往復することによって、ますます楽しくなるという、ほかの劇作家では得られない特殊な喜びがある。
 その過程において、完璧に正しい理解を得ようとするのではなく、不完全、不十分であること、ときにますますわからなくなることをも受け入れること、あきらめて放り投げるのではなく、倦まずたゆまず向かい合うことを学びつつかる。
 「今度こそ絶対理解してやる」とばかり喰らいつくよりも、自然体でゆったりした気持ちで接しているうち、もしかしたら何かがつかめる可能性もあるのではないか。

 ピンターは読者や観客に対して優しくも易しくもない。しょっちゅう肩すかしのつれないふるまいをされ、かと思うと不意打ちに引き寄せたり、まるで不実な恋人、永遠に片想いの相手のように不確かで、それだけにどうしてもあきらめきれないのである。困ったものだ。
 しかしそういう相手に出会えたことは、大変な幸せではなかろうか。いや劇作家の話です、念のため。                   

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『炎 アンサンディ』 | トップ | 因幡屋10月の観劇と句会 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事