因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

JACROW#15 『明けない夜 完全版』

2011-08-25 | 舞台

*中村暢明 脚本・演出 公式サイトはこちら シアタートラム 28日で終了 (1,2,3,4)
 2009年夏の初演は口コミで観客が増え続け、その年のサンモールスタジオ年間最優秀団体賞を受賞した。初演では本編に加えて登場人物12人×5分の「外伝」で構成されたものを再編集し、完全版としてシアタートラムでお目見えとなった。

 1963年、高度成長のただなか。東京・亀有で先代からの事業を営む和田家の居間が舞台である。社長のひとり娘が誘拐され、犯人は身代金を要求してきた。居間に署轄と本庁の刑事たちが陣取り、脅迫電話を録音し、和田家の夫婦や使用人、和田商店の従業員たちの事情聴取を行う。どうやら顔見知りの犯行らしい。誰もが誘拐事件に驚き、「お嬢ちゃん」の無事を祈っている。事件は平和で平凡な日常に突然やってきた不幸である。しかしひとりひとりの話から、この家庭をめぐる人々のあいだに以前から巣くっていた闇が少しずつ暴かれてゆく。

 誘拐犯が誰か、なぜ犯行に至ったかをじわじわと突きつめていく様相は緊張感に満ちているが、それが本作の見どころではないと思う。和田家の夫婦はじめ、使用人や従業員、捜査の刑事たちまで、登場人物は皆何かしら重たげなものを背景に持っており、一筋縄でいきそうにないものばかりである。善意だけ、悪意だけではなく複雑で、心に痛みを抱えている。雇う側、雇われる側の力関係がその痛みに拍車をかけ、小さな傷口が次第に大きくなり、まさかの凶行に及んでしまう。
 本作をみた多くの人が、60年代の風俗を細かに作り上げた舞台美術、人々の髪型や服装、小道具ひとつにいたるまで神経の行き届いた作りに目を見張るだろう。また完全版である今回は、カーテンコールが終わったと思わせて、もうひといき、裏のシーンが示されたのだ。ここまではさすがに想像していなかった。作り手の気迫が感じられる。

 しかしながら自分は今回の完全版の印象がはっきりとことばにならない。本作は当時実際に起こった子どもの誘拐事件をベースにしている。事件を演劇にするという創作の太い線があり、ここまで凝った舞台美術を作り、俳優も小劇場界の実力派がまさに粒ぞろいなのに。
 最も大きな理由は、俳優の演技や造形に違和感を覚えるからであろう。
 確かに大事件なのだが、あそこまで大声で(特に刑事さんたち)感情むきだしにされると、台詞の内容までもが凡庸に聞こえ、舞台がテレビの2時間ドラマのように、どこかで既にみたことのある風景に見えてくる。そうすると重厚な作りの舞台美術があだになり、作者が目指している「吐き気がするほど濃密な空気」が、あっけないほど薄まってしまうのだ。作者がどんな舞台をというより、なぜ舞台を作りたいのかという根本的なことが、自分はだんだんわからなくなるのだ。
 作者の誠実であること、一切の手抜きをしない熱意が初演以上に強く伝わってくるだけにいっそうもどかしく、この姿勢をもってすれば、もっと違う方向性の舞台を作ることが可能なのではないかと思うのである。

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