因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

MSPシェイクスピア・キャラバン第3回公演『フォーティンブラス』

2018-08-18 | 舞台

*横内謙介作 MSP脚色 新井ひかる演出 公式サイトはこちら 19日まで 高円寺アトリエファンファーレ 正しくは、MSPシェイクスピア・キャラバン第3回公演 並行世界(よこみち)ハムレットプロジェクトその2である。

 同ユニットの公演は、いまや8月の風物詩として自分の感覚に定着しつつある1,2。演出は、前述の並行世界ハムレットその1『新ハムレット』と同じく新井ひかるである。6月の演劇ユニット・Triglavの旗揚げ公演ではハロルド・ピンターに挑戦するなど、多くの作品をきちんと読み込み、舞台美術面は大胆に、俳優の造形、演技に対しては慎重繊細な手つきで、一つひとつの舞台を誠実に作り上げている。

 本作は劇作家・横内謙介が主宰する劇団で1990年に初演され、1995年には草彅剛、井ノ原快彦共演の上演もある。当方は本日が初見。「MSP脚色」と記されてある通り、横内謙介の原作戯曲を、MSP風に脚色しての上演と認識した。

 どこかの古い劇場で、シェイクスピアの『ハムレット』を上演中の座組というバックステージ物の設定をまず示す。ハムレット役の大スターが横暴を極め、オフィーリア役はこれが初舞台のタレント、墓掘り役は元アングラ俳優、古株の女優は台詞もなく、ガートルード兼演出家は大スターに気兼ねし通し。オズリック役の若手はやる気が空回りし、フォーティンブラス役は愚痴が多い。友情出演のレアティーズ役者はすべてに勘違い気味であり、ろくな座組ではない。ここまでなら既視感がある。ひどい座組が演劇への愛によって互いに歩み寄り、力を合わせて舞台を成功させんと奮闘する様相が想像できる。と、配役表を見ると「フォーティンブラスの父の亡霊」と書かれており、これが本作を一筋縄ではゆかない、まことに厄介な話にしている。作品中出番はわずか2回、それも最初はただ通り過ぎるだけ、デンマーク王子ハムレットの宿敵とみなされながら、対面し対決する場面はなく、大方の話は終わった後に登場して最後の台詞を発する。それがフォーティンブラスだ。しかしながら決して単なる脇役ではなく、気を抜いた演技などしようものなら、それまで3時間近く作り上げてきた『ハムレット』をぶち壊しかねない重い責任がある。出番が少ないだけに、演じる俳優として舞台裏でコンディションを整え、幕引きを立派に務めねばならない。大変な難役なのだ。

 そのフォーティンブラスの父の亡霊が登場するのだ。ハムレットの父の亡霊ではない。ならばほんのちょい役のフォーティンブラスに光をあてた芝居か、と思いきや物語はそこからオズリック役の俳優へと軸足が揺らぐ。その揺らぎこそ本作の肝であり、演劇的仕掛けを越えて、作者が伝えたいことではなかろうか。

 舞台に未練を残し、死後も霊魂となって劇場に巣食う俳優といえば、清水邦夫の『楽屋』が即座に思い浮かぶ。『フォーティンブラス』はそのあたりも視野に入れつつ、亡霊と現実の俳優たちとの絡みも、あっけらかんと言ってもよいほどの濃度で見せて、父に対する息子の思慕、『ハムレット』の先王と王子の関係性を、脇役専科だった父に対して憧憬と軽蔑を併せ持ちながら、同じ俳優という仕事に就いた息子の屈託に反映させる。バックステージ物とひとくくりには到底できない複雑な構成を持ち、舞台に憑りつかれてしまった人々の心の奥底にまで容赦なく切り込む作品なのだ。

 終盤に進むにつれて、亡霊と生きた人々の絡みがややくどく感じられるところ、亡霊と古株女優との関係性など、説明的になった印象はある。ことばを尽くし、観客に対してできるだけわかりやすくするための劇作家の苦心であろうが、「オチ」を示さずとも、余韻として受け止めさせてほしい気もする。

 今回は通常のアンケートのほかに、別用紙で「客席設定についてのアンケート」も実施されており、劇場内の第一印象から、その座席を選んだ理由、開演前の待ち時間から本番、終演後にいたるまで質問が重ねられている。ここまで質問が提示されると却って回答しづらくもあり、ここはもっと「今回の舞台と座席設定について、感じたことをご自由に」程度でよかったのではないか。いや、これも今後の活動を見据えた意欲の現れなのだが。

 MSPインディーズは、公演が終わると俳優・スタッフともにそれぞれの活動の場所へに戻ってゆく。より自主的で縛りの緩やかな交わりであるからこそ、自由な創作が可能なユニットと言えよう。今後どのように継続していくのか。たとえば演出の新井ひかるさんだが、劇空間の制約のあれこれを逆手にとって活かす手腕や、手ごわい戯曲への柔軟な姿勢はまことに好ましい。日本演出家協会の若手演出家コンクールや、MITAKA ”Next” Selection、シアタートラム・ネクストジェネレーションなど、より多くの人の目に触れる場での活動につながることを願っている。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« On7リバイバル公演『その頬... | トップ | パラドックス定数第41項『5se... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事