因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで観劇☆劇団民藝のおはなし会「アナグマのおばさんと子リスの姉妹」&「いま、劇場はねむっている」

2020-05-12 | 舞台番外編

公式Twitter 2016年に始まった劇団民藝の「おはなし会」は、川崎市黒川の劇団の稽古場に子どもたちを招き、物語の読み聞かせをする企画である。対象年齢は3歳から、大人500円、子どもは無料の配慮がなされ、若手から中堅、ベテランの俳優が子どもという最も手ごわい観客を相手に工夫を重ね、情熱を注ぐ。3月15日に予定されていた会がコロナ禍のために中止となり、先月から動画絵本配信が始まっている。

 第1回「アナグマのおばさんと子リスの姉妹」…ともに家族を亡くし、身寄りのないアナグマのおばさんと子リスの姉妹は仲良しである。おばさんのうちでおいしいお料理やお菓子を囲んだり、姉妹はどんぐりのパンをお土産にしたり、楽しい交流が続いている。ある日仲間のリスからおばさんの住む村で恐ろしい病気が広がっていることを知らされる。おばさんのうちに遊びに行った子リス姉妹に、仲間たちから非難が降り注ぐ(石巻美香、佐々木郁美、桜井明美がリレー式で語る)。

 ウィルス感染者(感染が疑われる者も含めて)への監視、差別、中傷という今現在社会で起こっていることを童話に仕立てるという大胆な作劇である。タイムリーな内容であると同時に、ことは病気に限定されず、さまざまな理由で生じる周囲との軋轢や衝突、迫害といった深刻な状況をも想起させるが、恐怖や疑いのために頑なな周囲の心を解くには時間がかかること、けれど必ず解ける日が訪れることを示して終わる。

 第2回「いま、劇場はねむっている」…誰もいない真っ暗な劇場に迷い込んだねずみ(森田咲子)は不思議な声を聞く。声の主は「わたしは劇場だよ」。「劇場」(中地美佐子)は語る。おなかはいっぱいにならず、結構なお金もかかるのに、なぜ人間は劇場に来るのか。舞台の上にいる人間も、笑ったり泣いたり絵空事のために必死だ。芝居が終わると皆すっきりした顔になっているのは実に不思議だと。

 劇場を擬人化し、劇場という場所が作り手と受け手双方にとって非常に大切なものであること、生きるというのはどんなことかを考えるために、人間には演劇が必要であることを描きながら、劇場が「建物」というハード面を超えて、人間の心を養う場であることを伝える物語だ。根底には劇団民藝らしい演劇人としての矜持があるのだが、子どもが自然に受け止められるように柔らかく語られる気持ちの良い物語である。語りは新澤泉。

 子どもの心に届くよう推敲を重ねたであろう文章、豊かな色彩と可愛らしい絵は、2編とも劇団演技部の藤巻るもによるものである。俳優は舞台に立つのが仕事だが、このような賜物を活かした作品が生まれたのは嬉しいことだ。いずれも教訓めいた押し付けがまったく感じられず、素直に受け止められる。確かに劇場は今、眠っている。いつ目を覚ますことができるのか、先が見えない状況だ。しかしその日は必ず訪れる。なぜなら劇場は、お芝居は人間にとって大切で必要なもの。不急かもしれないが、決して不要ではない…演劇とその周辺の問題は山積しているが、この基本を忘れずにいたい。

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