因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

加藤健一事務所vol.66『モスクワからの退却』

2007-06-15 | 舞台
*ウィリアム・ニコルソン作 小田島恒志訳 鵜山仁演出 本多劇場 公式サイトはこちら 20日まで
 しばらく足が遠のいていた加藤健一事務所の公演に再び行くようになったのは昨年の『エキスポ』からで、それからほぼ公演ごとに『木の皿』、『詩人の恋』など、金曜夜8時の舞台を楽しみにするようになった。

 加藤健一の作る舞台は、間違いなく楽しい時間が過ごせる。日頃お芝居をあまり見ない人を誘っても心配ない。そういう安心感が浮き浮きと劇場へ向かわせた。海外の良質な(主に)喜劇作品を選び、適材適所の配役でたっぷり笑わせ、時には泣かせてもくれる。だがどの舞台をみても、加藤健一その人しかみえてこない気がしてきたのである。カーテンコールに登場する加藤は満面の微笑み、全身から芝居への愛を溢れさせている。その幸せいっぱいの様子は、失礼な言い方になるが相当な「オレ様」に見え、だんだん「引いて」しまうようになったのである。

 昨年から再び加藤健一の舞台をみるようになって、以前と印象が変わっていることに気づいた。俳優加藤健一自身ではなく、戯曲に描かれた人物が加藤健一の存在を通してより深く感じられるようになっているのである。今回の『モスクワからの退却』の登場人物は家族3人(妻:久野綾希子 息子:山本芳樹)だけ。加藤は終始抑制した演技で技巧を前面に出さなかった。結果、加藤健一という俳優その人よりも、三十年以上の結婚生活に疲れきって妻の元を去る決心をし、心安らかな人生を生きようとするエドワードという男性の気持ちが感じられてきたのである。

 加藤健一は演劇と出会い、俳優という天職を得た。すべての人に与えられるものではない、稀有な幸せであると思う。加藤の舞台をみることによって自分はたくさんの戯曲と出会い、その世界に生きる人々の人生を考えることができる。加藤健一の幸せを自分は客席から喜び、同時にそれを自分の幸せとして実感できるようになったのである。

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