2025年の日米株価が最高値を更新するとの予想が、市場で多数を占める勢いとなっている。だが、日本株にはその行方を阻む障害が存在している。それはトランプ次期米大統領が実施を表明している関税の引き上げ(トランプ関税)だ。米経済の「独り勝ち」を促すトランプ関税は、日米経済と日米株価のデカップリング(分断)現象を生み出すだろう。
この流れはモノの貿易だけでなくマネーの世界でも米国集中を生み、米株高とともにドル高も進行すると予想する。したがって日本にとっては円安が進むことになるが、トランプ関税が日本や第三国からの輸出を阻み、企業収益への貢献は小さく、円安による輸入物価の上昇だけが目立つ展開もありえる。「トランプ2.0」がスタートする2025年1月20日以降、日本の政策当局と国内企業はいきなり正念場を迎えると言っていいだろう。
<25年の日米株価、ともに最高値更新の見方が多数に>
国内メディアの報道によると、内外の金融機関や調査機関の多くは25年も米株価が最高値を更新すると予想している。S&P500種株価指数でみると、今月6日に記録した6099.97ポイントの最高値を10%程度上回る6500-7000ポイントの水準で25年末を迎えるという予測が多い。
一方、日本株についても値上げできる環境が整って収益力を高める企業が増えるとの予想が多く、日経平均株価は今年7月11日に記録した4万2224円02銭の最高値を更新し、25年末に4万3000円ー4万6000円で着地するとの強気の見方が目立っている。
<対メキシコ・カナダからの輸出に25%の関税、日本の自動車メーカーに大打撃>
だが、筆者はこうした日本株に対する強気の見方の前に「トランプ関税」が立ちはだかるとみている。
まず、トランプ氏は来年1月20日の就任初日に大統領令を発し、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を課すと予想される。根拠法は国際緊急経済権限法(IEEPA)になるとの見方が専門家の中で多く、即日実施される公算が大きい。
11月26日の当欄で指摘したように、日本の自動車メーカー4社は2023年にメキシコから米国に77万台強の自動車を輸出しており、ここに25%の関税が上乗せされると事実上、米国内では価格競争力を失うとみられている。
また、中国に対する10%の追加関税の適用もIEEPAが根拠法になるとの見方が多い。この場合、一定のタイムラグを伴って日本から中国への輸出が減少する可能性が高まる。特に半導体製造装置などの輸出に影響が出れば、関連する企業の打撃はかなりの規模になる可能性がある。
<対米輸出は年間20兆円、10-20%の関税賦課は死活問題に>
上記のような初期対応とは別に、トランプ氏は全ての国からの輸入品に一律、10ー20%の関税をかけることも主張してきた。こちらは通商拡大法232条や通商法301条が適用される可能性がある。この場合、関税適用前に調査が義務付けられており、その調査期間に相手国との交渉が行われると予想される。
この交渉は、トランプ氏が得意とする「ディール」で日米による交渉カードの出し入れの巧拙が、最終的な結果に直結することになる。2023年度の対米貿易をみると、輸出総額は20兆8628億円にのぼる。そうち、自動車が6兆0917億円と全体の29.2%を占め、半導体製造装置を含む一般機械が4兆8895億円(23.4%)と続く。
日本としては、この上位2分野での関税上乗せを何としても回避しないと、製造業の多くを構成する輸出系企業の収益が大幅に圧迫されることになる。
<トランプ関税が促す日米経済と株価のデカップリング>
ところが、冒頭で紹介したような多くの日本株の予想には、こうしたトランプ関税の賦課による打撃分がほとんど反映されていない。つまり、トランプ関税が日本経済と国内企業に及ぼす打撃のインパクトに関し、マーケットの具体的な織り込みがあまり進展していないことを意味する、と筆者は指摘したい。
25年の米経済は確かにトランプ氏の採用する大規模減税やその他の政策効果で成長率が加速すると見込まれる。したがって米株も最高値を更新するとの予想は合理的であると考える。
しかし、トランプ関税によって米経済のプラス効果が日本経済に波及する経路が切断され、日米間の成長格差が拡大し、日米株価のデカップリングが現実化するリスクが大幅に高まると予想する。
<マネーも米国に一極集中へ、物価高だけが残る円安の進展も>
以上のことはモノと貿易にとどまらない。米経済の「独り勝ち」を意識したマーケットは、米株などのドル建て資産に集中し、世界の余剰資金が米国に流入する構図が出来上がると筆者は予想する。25年に限っては、米国内でインフレ懸念が再燃しても米国債にも資金が集まり、事前の想定ほどに米長期金利が上昇しない展開も十分に想定される。
その結果、ドルが買われて対円でもドル高が進むだろう。円安は市場の想定を超えて進みやすくなるが、「トランプ関税」の存在で日本から米国への輸出は数量ベースで減少する可能性が高まり、円安による輸出増の効果が全く出ないことになるだろう。
そのことは、輸入物価の上昇に伴う国内での物価上昇圧力だけが残るという現象を生み出しかねない。「トランプ関税」は米国のインフレ圧力を刺激するとよく識者から指摘されているが、実は様々なルートを通じて日本のインフレ懸念が刺激されることにもつながる。
<期待される茂木氏の対米交渉責任者への起用>
このような悪いシナリオが現実化しないよう日本政府は、来年1月20日を待たずに次期米政権スタッフとの事前交渉に入るべきだ。また、日米交渉は省庁をまたぐことになるので、統括する責任者のポストを新設し、そこに政治力の発揮できる大物政治家を起用する必要があると考える。石破茂首相には「苦い薬」かもしれないが、米側からタフネゴシエーターと呼ばれた茂木敏充・前自民党幹事長を対米交渉の責任者に任命するのも1つの方策であると思う。
日銀の植田和男総裁は、米経済の動向や日本経済への波及に関して高い専門性と見識を持っており、日銀内ではすでに「トランプ2.0」を前提にした各種のシミュレーションが展開されていると予想するが、今後の金融政策の判断にも重大な影響を与える可能性がありそうだ。