日銀の利上げ期待が19日の植田和男総裁の会見で後退し、20日の東京外為市場で一時、158円寸前までドル高・円安が進展した。筆者は、この円安進展と外国株投信に代表される外貨建て商品への資金シフトは表裏一体であり、実質の政策金利を大幅にマイナスの水準で維持すれば、預金の目減りを嫌気した個人による外貨建て商品の購入がさらに活発化し、「家計の反乱」による円安進展の加速が大きなリスクとして浮上すると予想する。
足元で公募投資信託「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」(オルカン)の投信残高が5兆円を突破した現象は、家計の反乱の前兆ではないかと筆者は指摘したい。日本の家計の潤沢なマネーは本来、国内の投資に使われて日本経済の成長力増進に寄与すべきであるが、あたかも一強・米国に吸い上げられ、米国経済の高成長に貢献するという構図は、日本経済の成長力を押し上げる観点からも好ましくない現象だ。緩慢な利上げと大幅な実質金利マイナスの放置を続ければ、家計資金の国外流出と円安の進行という21世紀版の「副作用」が表面化しかねない。
<157.93円まで進んだ円安、日銀のハト派傾斜に反応>
ドル/円は20日午前に一時、157.93円までドル高・円安が進行した。19日の当欄で指摘した通り、市場は植田総裁の会見での発言を「ハト派傾斜」と受け止め、来年1月の金融政策決定会合における利上げの織り込みが低下。ドル高・円安の勢いが20日の市場でも継続した。
ただ、加藤勝信財務相が20日の閣議後会見で、最近の円安には一方的で急激な動きがみられるとの認識を示して「口先介入」を敢行。その後は157円前半までドル安・円高が進んだ。
20日の市場で円売りが出やすかったのは、同日朝に公表された11月全国消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)が前年同月比プラス2.7%と前月の同2.3%からプラス幅が拡大したことも影響した。日銀にとっては見通し通り(オントラック)の結果になっているにもかかわらず、前日に植田総裁が利上げに慎重な見解を表明しており、円売りを仕掛けやすいと一部の短期筋は判断した模様だ。
<オルカン残高の急増、円安進展も追い風>
ドル/円は今年9月に一時、139円半ばまでドル安・円高が進行したこともあり、その時点から19円近くも円安が進んだことになる。
円安の進行は米国株で運用する投資信託の円換算評価を押し上げ、それが実質マイナスの預金金利で目減りが目立ってきた国内に滞留させてきた預金からのシフトを加速させるという現象を生むことになる。
全世界の株式に低コストで投資できる三菱UFJアセットマネジメントのオルカンの純資産残高が今月17日に5兆円を突破したのも、そうした実質マイナスの預金金利からプラスのリターンを期待できる商品への資金シフトの典型とみることができる。
<今年1-11月、投信経由の外国株買いは7.9兆円に>
実際、投資信託等委託会社を経由した対外証券投資の中の株式・投資ファンド持ち分は、11月だけで5505億円の買い越しとなっている。この買い越し額は今年1月から11月の累計で7兆9291億円に達している。
日銀が仮に来年1月の金融政策決定会合でも利上げを見送った場合、ドル/円はいったん160円を突破するドル高・円安水準まで円売りが加速すると筆者は予想する。
そのような状況下では、新NISA(少額投資非課税制度)を経由した個人マネーも加わって、家計資金の海外流出が増大し、そのことがさらに円安を加速させるというスパイラルを招く可能性もある。
<家計の現預金は1116兆円、目減り回避の外国株シフト加速も>
日本の家計の金融資産残高は今年9月末で2179兆円。そのうち現預金は1116兆円と今年6月末から0.3%増加していた。
だが、多くの個人にとって日銀の利上げペースが緩慢で、預金金利の実質マイナスによる目減りが長期化すると判断すれば、相対的にリターンの高い米国株式などへのマネーシフト加速の局面が、将来のどこかの時点で発生するリスクが高まる。
<円安は物価押し上げ要因に>
これは2つの点で好ましくないと指摘したい。1つは、1000兆円単位の個人の現預金が数パーセントでも海外にシフトすれば、それだけで大幅な円安になり、輸入物価の上昇を通じた国内物価の大幅な上昇に結びつく懸念があることだ。
<国内投資に向かうべき資金、海外流出が継続するおそれ>
もう1つは日本経済の成長力を高めるという視点で問題が生じる。家計の現預金が国内投資のための資金として使用され、それが国内設備投資増を起点にした国内経済のプラスの循環に資することが本来の望むべき姿であるのに対し、せっかく蓄積された家計の資金が吸い寄せられるように米国市場に流れ込み、米国のイノベーションに貢献して日米の成長力格差が一段と広がるなら、この現象を止めて国内の投資に資金が向かいやすいようにするのが日本の政策当局の取るべき対応ではないか。
<金融緩和長期化の弊害、21世紀は円安加速で>
1980年代に発生した金融引き締めの遅れによるバブルは、金融機関の野放図な融資を経由して不動産や株式の価格上昇を現出させた。ところが、昨今はそのような様子が見られず、実質マイナスの政策金利を長期化させても目立った弊害はないとの声が多い。
だが、これまで見てきたように21世紀の日本で起きる可能性があるのは、利上げの遅れによる個人マネーを中心とした資金の海外流出による想定を超えた円安の進展ではないか。「副作用は円安の急進展」という可能性を政策当局だけでなく、多くの国民が認識すべ局面に入ってきたと指摘したい。