ヒルネボウ

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『夏目漱石を読むという虚栄』 7240

2024-09-20 23:01:57 | 評論

『夏目漱石を読むという虚栄』

7000 「貧弱な思想家」

7200 「思想問題」 

7240 知識人汚染

7241 曲学阿世の徒

 

知識人は無定見だ。〔5540 個人の主義〕参照。二股膏薬をリアルと勘違いしている。自分にとっての普通を守ろうと足掻く。「右も左もぶっ飛ばせ」とか怪しげな気炎を吐いていた野坂昭如の座右の銘は「昨日勤王、明日は佐幕」だった。知識人は平気で掌を返す。イソップの蝙蝠。『男組』((雁屋哲+池上遼一)の生徒会長。『おそ松くん』(赤塚不二夫)のイヤミ。〔4413 イヤミの同類〕参照。夏目漱石を読むという虚栄 4410 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)

私の用いる〈知識人〉の意味は〈学者や思想家を気取る人物〉だ。

 

学問の真理を曲げて、世間や権力者におもねること。

(『明鏡国語辞典』「曲学阿世」)

 

曲学阿世の徒とは、知識人に成り下がった学者のことだ。

 

1950(昭和25)年、首相吉田茂は、サンフランシスコ条約に反対して全面講和を主張した東大総長南原(なんばら)繁を「曲学阿世の徒」と非難したが、使い方を誤れば、非難するほうが「曲学阿世の徒」となりかねない。

(『明鏡ことわざ成句使い方辞典』「曲学阿世」)

 

「が、使い方を」以下はおかしい。吉田の非難が不当だったとしても、彼は言葉の「使い方」を誤っているわけではない。また、吉田は学者ではないから「曲学」はできない。この場合、〈吉田は政治家から知識人に成り下がった〉とは言える。

二股膏薬の右往左往が限界を超えると、知識人は苦悩に逃避して見せる。〔6110 『君たちはどう生きるか』〕参照。夏目漱石を読むという虚栄 第六章 6110 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)

 

死んだ積りで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟(しげき)で躍り上がりました。然し私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否(いな)や、恐ろしい力が何処からか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私に御前は何をする資格もない男だと抑え付けるように云って聞かせます。すると私のその一言(いちげん)で直(す)ぐぐたりと萎(しお)れてしまいます。しばらくして又立ち上がろうとすると、又締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で他(ひと)の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷(ひやや)かな声で笑います。自分で能く知っている癖にと云います。私は又ぐたりとなります。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」五十五)

 

〔4552 恐れなど〕参照。夏目漱石を読むという虚栄 4550 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)「外界の刺戟(しげき)」の具体例は不明。知識人の目的は頭角を現すことだろう。「一言(いちげん)」は〈一言居士〉の露呈。「恐ろしい力」氏が一言居士なのは、S自身が一言居士だからだ。「能く知っている癖に」と言われたら、〈いや、「能く」は知らない。だから「能く」教えてください〉と返しなさい。知識人は議論が嫌いだ。

 

7000 「貧弱な思想家」

7200 「思想問題」 

7240 知識人汚染

7242 エッグヘッド

 

知識人は、自分の意見について反省しない。

 

<君の言うように、証人たちは荒々しい声については意見が一致している。この点では全員一致だ。ところが鋭い声についての特異な点は……彼らの意見が一致しなかったという点じゃなく……イタリア人、イギリス人、スペイン人、オランダ人、フランス人がその声を説明するに当って、めいめいがそれを外国人の声だと言っていることなんだ。自分の同国人じゃない、ということには、めいめいが確信を持っている。

(エドガー・アラン・ポオ『モルグ街の殺人』)>

 

犯人の放った「鋭い声」について、「証人たち」は素直に〈わからない〉と言わない。言語の専門家ではないのに、「鋭い声」について妙な「確信」を持っている。この「確信」は思い込みだ。自分の思い込みを正当化するために知識を利用するのが知識人だ。

彼らは、〈犯人は自分ではない。自分の「同国人」ですらない。自分の嫌いな「外国人」だろう。きっとそうだ〉と考えているのだろう。ところが、その経緯を反省できない。

 

<〈エッグヘッド〉ということばは急に怪し気なニュアンスを帯びるようになり、それまでもちいられていた〈ハイブロウ〉よりもとげとげしい意味あいを含むことばになった。選挙運動が終わってまもなく、右翼的な政治信条をもった大衆小説家ルイス・ブロムフィールドは、この語はいつかつぎのように、辞書に載るだろうとほのめかした。

 

〈エッグヘッド〉 見せかけの知的振る舞いをする人、しばしば大学教授あるいはその子分が該当する。なによりもまず浅薄。あらゆる問題に対して感情過多で女性的な反応をする。高慢。みずからを過信し、より健全で有能な人物の経験に対する猜疑心にみちている。思想が根本的に混乱しており、感傷と混同した熱烈な福音主義に埋没している。民主主義と自由主義というギリシア的・フランス的・アメリカ的理念に対立する、中世ヨーロッパの社会主義を支持する机上の理論家。ニーチェをしばしば獄につながせ、恥辱に追いやった、かの旧式の哲学的道徳にしたがう。自意識過剰の気取り屋。あまりにもひとつの問題をすべての側面から検討したがるために、おなじ場所にとどまるうちに完全に頭が混乱してしまう。無気力な憂国の士。

 

プロムフィールドはいう。「このたびの選挙で多くのことが判明した。とくに「エッグヘッド」が大衆の思想や感情から極端にへだたっていることが歴然とした」。

(リチャード・ホーフスタッター『アメリカの反知性主義』「第一章 現代の反知性主義」)>

 

「エッグヘッド」について〔7223 ハンプティー・ダンプティ〕参照。『夏目漱石を読むという虚栄』 7220 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)「ハイブロウ」は「知識や教養を鼻にかける人・インテリぶる人」(『ランダムハウス英和大辞典』「highbrow」)のこと。気障なだけ。「右翼的な政治信条」云々は無視。プロムフィールドのことは知らない。

 

7000 「貧弱な思想家」

7200 「思想問題」 

7240 知識人汚染

7243 『死刑台のメロディー』

 

ホフスタッターは知識人であり、そのことを誇りに思っているのだろう。

 

<知識人はアンガジュマン、すなわち誓約し、責任を引き受け、参加する。他のだれもがすすんで認めようとすること、つまり知識や抽象的観念は人間生活のなかでとくに重要であるということを、知識人は至上命令のように感じる。

もちろんここで問題となるのは、純粋な個人的規律や観想・理解の生活それ自体にとどまらない。思考する生活が人間活動中最高のものと見なされたとしても、それは媒介手段のひとつでもあり、他の諸価値はそれを通じて洗練され、言明され、人間社会で実現されていくからだ。全体として、知識人たちは何度も人類の道徳上の道しるべになろうとしてきた。根本的な道徳的諸問題を大衆が意識する以前に、それらを予期し、できるならば明確にしようと努めてきたのである。思想家というものは、自分自身の真理の探究に関係のある道理や正義といった価値の特別な管理者になるべきだと感じている。そして時折、自分のアイデンティティが粗野な悪弊に脅やかされそうになると、公人としての存在を強く印象づけようとする。ここで思い起こされるのは、カラス家を弁護したヴォルテールであり、ドレフュスのために熱弁をふるったゾラであり、サッコ・ヴァンゼッティ裁判に激怒したアメリカの知識人たちだろう。

(リチャード・ホーフスタッター『アメリカの反知性主義』「第二章 知性の不人気」)>

 

彼は原因と結果を混同しているようだ。「媒介手段のひとつ」とか「人間社会で実現されていく」といった表現はかなり怪しい。「道徳的諸問題」は、思想家あるいは宗教家によって発信されたものでない限り、ある知識人の妄想と区別できない。知識人が「予期し」たのではなく、知識人の妄想が「大衆」に感染したのだろう。

「カラス」も「ドレフュス」も「サッコ・ヴァンゼッティ」も冤罪事件。

 

<《知識人》の運動としてはじまったドレーフュス事件は《知識人》の敗北によっておわったというよりほかあるまい。しかし『真実』におけるゾラの破産は、まさしく一九一三年に、かつての《ドレーフュス主義者》の手で雪辱されるのである。《犠牲にされた世代》の文学者たちは、一九一三年にいっせいに開花したしたその遅咲きの作品によって、新しい時代の新しい文学の方向をはっきりと打ちだしたという意味で、忘れさられたドレーフュス事件の栄光をまったく別のかたちで永遠のものとするわけだ。

(渡部一民『ドレーフュス事件』「エピローグ」)>

 

『死刑台のメロディー』(モンタルド監督)で描かれたサッコとヴァンゼッティは、知識人が騒いだせいで死刑になる。知識人が騒がなければ、特赦になった可能性が大きい。サッコは知識人に対して激しい憎悪を抱き、沈黙を守る。その姿はヨブを思わせる。一方、ヴァンゼッティは死への恐怖を紛らわすために、知識人に成り上がり、受難者を演じる。雄弁な彼を、知識人は称賛し、権力者は嘲笑するのだろう。大衆は沈黙する。

(7240終)


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