弁護士美和のブログ つづりまとめ

 弁護士 美 和 勇 夫

明日は死に行く 特攻隊員が、 出撃前夜に 歌った “森の小径”

2019-07-03 23:14:20 | Weblog




https://search.yahoo.co.jp/video/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=%E5%90%8C%E6%9C%9F%E3%81%AE%E6%A1%9C 軍歌・ 同期の桜





★ これらの記事は『岐阜県弁護士会』・会報7月号に投稿します


★ 6月27日の “仙台高裁に転勤・部長にもなれない” ・・・・・・

   【岡口裁判官に告ぐ】 へ続く記事です









特攻隊員が、 【出撃前夜】に 歌ったのは、


   “  貴様と俺とは同期の桜・・おなじこずえの庭に咲く

咲いた花なら 死ぬのは 覚悟

       見事散りましょ 国のため ”


   こんな勇ましい『軍歌』ではなく、


灰田勝彦の 『叙情歌』 “森の小径”であった。

    


     あの戦時中、よくも こんな軟弱な歌が、軍部の検閲を逃れていたものだ。
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     
あはれ、特攻兵には、こんな歌詞の思い出もない。
     
皆、 空想のなかで いとしい彼女との 森の小道のおもいをつくり
     
 なみだで 歌ったものだろう。


  
      
ほろほろ こぼれる 白い花を

   うけて泣いていた 愛らしいあなたよ
  
      おぼえているかい もりのこみち
 
       僕も悲しくて 青い空 あおいだ



   なんにもいわずに いつか よせた

      小さな 肩だった  白い花 夢かよ





https://www.youtube.com/watch?v=DppC2GkjNdM




◆特攻基地のある鹿児島県の「知覧」の基地で出撃特攻機の「整備兵」であった老人は

 かく語る。



特攻兵が敢然(かんぜん)自若(じじゃく)として出撃したなどというのは後世の

 作り話である。


 学徒兵の特攻隊員には、出撃の朝、呆然として失禁、失神、錯乱していた者がいた。

 中には腰が抜けて特攻機に乗れない者もおり、それを整備兵が抱きかかえて

 無理矢理、特攻機に乗せたこともあった


 腰が抜けて立てなかった学徒兵が、ほとんど無意識に飛び立って行った姿が
 
 今も胸にうかぶ。

 そういう彼らを無理矢理抱えて飛行機に乗せたことで、私は戦後
  
  今もずっと苦しんできた “

コメント
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