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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む㉔ 暴戻なる軍人政府

2022-11-14 09:50:11 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む㉔ 暴戻なる軍人政府

 昭和十九年九月二十日に荷風さんの花柳小説「拙著」腕くらべを出征軍人の慰問のために五千部重版する注文があったとあります。十九年の春には歌舞伎と花柳界の営業禁止をしながら自分の花柳小説の重版を要求する軍部に「何等の滑稽ぞや。」と笑い飛ばしています。断ったとは書いてないから快諾したのでしょう、いくばくかの印税も入るしなにより自分の小説が売れるのは嬉しかったはずと推察します。ただ昭和十九年にも確定申告があって二千円程度の収入だったようです。(わたしは荷風さんに限りません気難しそうに見えるアーテストもみな自分の作品の高く評価されるのが何よりうれしいはずだとみています。気難しそうにするのは振りです。にこにこしてこれ買ってくださいでは作品に重みがなくなります。易者さんは厳しい顔してお告げをしないとお告げに重みがなくなります。それと同じです。)

 わたしは腕くらべは持っていて読もうと試みるんですが退屈ですぐあきらめてしまいました。あの当時はこれが慰問になったのでしょう。戦地でこれを読みながら早く故郷に帰って遊里に行ってこういうことをしたいもんだと思ったのか、しかしその遊里は軍部によってすでに営業停止になっているんです。荷風さんの小説を配ることは、無いよりはましかもしれないが残酷な慰問の仕方ではないのか。

ここから読み取れることは、昭和十九年九月にまだ戦争を続ける気があった様子であったことです。あと半年で東京大阪名古屋そのほかの大空襲の時です。慰問本の選定なんかしてないで講和の交渉するべき時だったと(現在からなら)考えるところです。

 日本軍は(出来合いの)花柳小説を慰問にし、アメリカ軍は月刊プレイボーイ(当時あったのかどうか知りませんがベトナム戦争時は確実にあった。)を慰問にしたのではないか。遺憾ながら慰問品ではアメリカの勝ちとせざるを得ない。どうもアメリカ軍は慰問専用にこの月刊誌を作った節が見られる。それが証拠にベトナム戦争までが徴兵制であって、徴兵された兵士には軍部もいろいろ気を使わざるを得ない。それ以降の戦争はプロ兵士であるから必要があれば自分で手配せよ慰問はしないという趣旨だろう、この月刊誌は廃刊になった。どうやらベトナム以降アメリカは戦争の仕方を根本的に改めたように見える。

 徴兵制などの代償に選挙権や年金などの福祉の制度を作るのが国民国家で、ナポレオンがヨーロッパで覇を唱えて騒動を起こしたころに完成した国家運営の原理という話を聞いたことがある。そのうち徴兵が緩んでくると残るは納税であるから果たしてこの国民国家の原理がこのまま続くのかどうか疑わしいとこの昭和十九年九月の荷風さんの小説慰問品になるの記事を読んで連想した。

 荷風さん日記を書いた時には後の時代にそこまで妄想を逞しくして読む読者は想定していなかっただろうと思う。しかし書かれた後の作品はすでに読者のものである。