断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む㉖ ラジウム治療
大正十二年三月五日にラジウム治療(なんだか怪しそうな治療で、大丈夫かと思ってしまいます。これに限らずかなりのエロ爺のくせしてしょっちゅう医者通いをしています。エロ爺は元気なものと相場が決まってそうなものなのに。)に日本橋高砂町の医者に行っています。そこの待合室で、見ず知らずの芸者さんと出会って狂言などの話をしたとあります。その芸者さんは荷風さんの本を愛読していたそうです。私の女性の読者はいるはずがないとした説は誤りだったようです。
この項を読んでやっと知ったことですが、芸者さんはきれいで愛想よく座持ちをするだけではなく荷風さんと話ができるほど江戸文化そのほかに造詣が深かったことです。天下の貴顕と会話をするのですからかなりの教養を必要としたのでしょう。ここで思い出した。山本夏彦さんは「銀座のホステスは芸者の子孫だと思っているようだがとんでもないあれは芸ができない。」といって芸者は芸もでき教養もある、ホステスさんは教養だけだと暗に格下だと言っていた。両方とも見たこともない私は山本説に従うほかない。
お話かわって、お猿さんはボスの座を争って勝ったあと今度はハーレムのトップのメス猿のところへお伺いに行くらしい。そこで承認されて初めてボスになることができるという。もし承認されなかったらせっかく権力闘争に勝ったのにボスになれない。その場合はもう一回別の猿が権力闘争するのかどうか心配になるが、どうもハーレムのトップは男の値打ちを測って評価する権限があるようである。
ということは、人間はおさるさんの子孫であるから芸者さんの集団がハーレムに相当し各界の貴顕は高いおカネを払っていい気持になりに行くのではなく、自分の値打ちを値踏みされに行くのではないか。毎夜の入学試験みたいなもんである。昼間は仕事または権力闘争夜は値踏みされにいくでは気の休まるときが無いではないかと他人事ながら心配になる。
荷風さんは文学界の貴顕であってもちろんおカネもある。そこでいったんは芸者さんを奥さんにすることができたのであるから、ボスであることを承認されたようなもんではないのか。競争とか闘争が大嫌いな荷風さんも案外競争社会の中に生きていたことにならないのか、など興味は尽きない。
さらに、芸者さんは皆ではないでしょうが金欠の人が多い。荷風さんも関根うたさんそのほかにはずいぶんおカネを払ってやっている。こんだけおカネが飛び交っている業界に身を置いてなぜそこに働いている人が金欠になるのか不思議である。ここに搾取とか金利とか言うことがあったのか。日記のどこにもその中にまで踏み込んだことは記載していない。当たり前のことだから書く必要が無いとされていたのでしょうが、今の読者にはわかりづらい。だれか花柳界の経済事情を書いてくれないかな。