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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む㉙ 預金封鎖と財産税払う

2022-11-19 12:50:34 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む㉙ 預金封鎖と財産税払う

 昭和二十一年二十二年は、草稿だけが残っていてそれらは岩波版では最終の第七巻に付録のように扱われています。ここが一番読みたかったところですがホンの少ししかありません。順にみていきます。

  • 二十一年一月一日に「個人の恒産にも二割以上の税かかるという。」のうわさを書いています。実際は25%程度ですから、噂は正確であったようです。戦争中に刷りまくったおカネを何とかしないとインフレが止まらないということであったということでしょう。このころは会社の配当金も止まり68歳にして売文の仕事がうまくいくかどうか心細いと嘆いています。そんなら若いころ悪所に通わずに貯めておけよと言いたくなりますが、貯めておくと今度は財産税の対象になるばかりですから悪所通いをしておいた方が良かったと考えられます。記憶として残ってますから、小説のネタにはできるかもです。売れっ子作家と言えどもこんなもんかと思ってしまいます。
  • 二月十七日 「新貨幣発行銀行引き出し停止等の布令発せらる。」いきなりこれは無いだろうと思うが、突然であったと書いてある。利息狙いで手元のおカネを少ししか持たない方針の人は困っただろうな。
  • 二月二十一日「闇市の物価またさらに騰貴する。」市中に出回るおカネが少なくなったはずなのに物価騰貴おこるのか。ここは不思議なんですが実際を経験している荷風さんの言うとおりなんでしょう。
  • 二月二十六日「銀行閉鎖のため生活費の都合により中央公論社顧問嘱託となる。」荷風さんはそれで現金を貰えたかもしれないが他の人はどうしたんだろう。
  • 三月二日(多分土曜日)「紙幣通用本日限り。」銀行郵便局の前には多分入金のためだろう列ができた。飲食店は一つもなしという。そりゃそうでしょう、その日の売上金を入金できないですから。この日の飢えをどうやって人々はしのいだのか。知り合いのところからツケで買ったのか。
  • 三月五日「新円通用以来肴屋八百屋店を閉じ副食物なきに苦しむ。」荷風さんここで米国製缶詰などを書店からもらったりしています。こういう伝手のない人は苦しんだろうと思われます。放蕩してそれを文章にしてそれが困ったときの缶詰になったのですから、案外放蕩することは良いことなのかもしれないと思わせるところです。これに限らず芸が身を助けるという幸せな生き方を荷風さんはしたと考えられます。
  • 三月二十六日「印税新円にて金五千円」受け取る。もう新円がここまで出回っているようです。他の人はわからないが、荷風さんはここでもう大丈夫の地点に到達したと考えられます。闇市はあるでしょうからこれで生きていけます。
  • 四月一日封鎖預金払い出しが一人毎月三百円から百円に変わったことを皮肉っています。しかし一人一か月百円で生活できたのかを知りたいところです。インフレ退治にはこのようにかなりの犠牲が必要だった。
  • 八月二十日新紙幣封鎖のうわさ頻りなりとありますが、これは噂だけで終わったのではないか。
  • いよいよ知りたかった財産税は、昭和二十二年一月十五日に記載があります。宅地3万円株券29万円、貯金11万円に対する財産税10万円余り。たしかに噂通りの二割強の税率です。このころ郵便封書30銭とありますから、まあ今の物価当時の300倍ではないか。荷風さん3000万円くらい納税した感覚です。開戦当時の軍人や政治家に対する皮肉を言いそうなもんですが、何も書いていないので何とも思わなかったのかもしれません。すでに食べるに困らない立場にあったからかもしれません。この宅地は麻布市兵衛町ですからずーと持ってれば何億になったかわからない土地で、何とも言い難いものがあります。

このようにおカネに関して淡々と書いています。ここでうまく立ち回って土地を買い占めてる人や闇市での人情模様に興味が出そうなもんですがそれには関心を寄せないで江戸文化に関する本や外国の詩を読んだりしています。小説家でありながら他人に関する興味が薄い、その代わり美に対する興味が大きい。詩人であって小説家ではない。そんな人の小説が売れたのは、詩人の言葉を用いて自らの放蕩を描いてそれがうまい具合に時代の波に乗ったからと考えられます。

 そういえば、荷風さんの尊敬する森鴎外も小説家なんですけど小説の構成には歴史などを参照しており巨大なフィクションを構成したわけではありません。ただ言葉の用い方が極めて的確で小気味いいしよくわかる文章によって構成されています。おそらく荷風さんの値打ちは、書いてある内容よりもその詩的な言葉の用い方によるのだと思います。