『ザーヤンデルードの夜』 (2016)
【作品詳細】
イラン / 2016 / 63分 / 監督:モフセン・マフマルバフ(Mohsen MAKHMALBAF)
人類学者の父親と救急病棟で働くその娘のたどる運命をイスラム革命前、イスラム革命中、そしてイスラム革命後の3つの時代にわたって描き、マフマルバフ本人もその一端を担った1978年のイスラム革命の意味を鋭く問う作品。検閲によって25分間カットされた後、1990年のテヘラン・ファジル映画祭で上映されたものの、再度の検閲で上映自体が禁止となってネガが当局に没収されたため、それ以降イラン国内外を問わず全く見ることのできなかった幻の映画。近年、何らかの形でネガがイラン国外に持ち出されてロンドンで復元作業が行われ、本年のヴェネチア映画祭クラシック部門のオープニングを飾った。検閲前のオリジナル版は100分であったと言われる。

【感想レビュー】@東京フィルメックス
11/23(水・祝)の4本目。
特別招待作品フィルメックス・クラシックの1本です。
オリジナル版の100分から37分も検閲によりカットされているとのことで、さらに上映されている部分でも、音声が無音にされている箇所が幾つもありました。
逆に、このシーンはなぜ検閲に引っ掛からなかったのだろう…
⁈⁈と思う部分も…。
でも、カットされている部分は反体制の言動をしているわけで、無声であるということ、それこそが、まさに体制からすると皮肉ながら監督のメッセージになってしまっているのですが。
革命前、革命中、革命後の3つの時代を経て、人々の考えが変化していきます。
もっと自らの頭で考えなければならないのではないか。映画はそんなメッセージを投げかけてきます。
とりわけ、夜のシーンが美しかったです。白々しい昼間と打って変わり、闇に紛れて真実が垣間見えるようでした。
【Q&A フィルメックス公式HPより抜粋】
17才の時、体制への反対運動で逮捕された監督は、その5年後に人々の考えが変化し、同じ広場で革命の暴動が起きたことに驚く。さらに10年後、同じ場所で交通事故に遭った人を皆が素通りする光景を目にした。「なぜ革命では助け合ったイラン人が、事故では助け合わないのか。その心の変化はどこにあるのか。それがこの映画の問いです」。作中では、革命前と革命後のイランの体制の変化も説明されている。「もし政治に1つの問題があれば、その背景にある文化には10の問題があると思った方が良い」とマフマルバフ監督は警告する。「私はこの映画をイラン人の姿を映す〝鏡〟として作りました。彼らに〝自分たちの姿を見てみろ〟と言いたかったのです」と作品の狙いを語った。
映画が人々の考えを変え、社会に変化作用をもたらすことについても言及されました。
それにしても検閲とは…恐ろしい。
そして、それでも諦めずに立ち向かって行くマフマルバフ監督の情熱に畏怖の念をおぼえます。
上映後のQ&Aでは、優しいお声のトーンで比較的ゆっくりな英語でお話しになられていました。
ゆったりとした雰囲気ながらも、力強くて熱くて、大きな大きなお人柄を感じました。
会場に居た人達を包み込むような温かさが印象的でした。
映画から感じたことを、監督ご自身からも感じました。不屈の精神。信念の人。
アミール・ナデリ監督にも感じることだけれど
壇上から、客席にいたアミール・ナデリ監督を『イラン映画の父』と紹介し、会場からまた温かな拍手が起きました
上映後は、とても清々しい気持ちになりました
手元にあるマフマルバフ監督の本、読まねばー!!
ぬおぉぉぉ





『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』という書籍です。
この日は、4本を観賞したところで会場を後にしました。
同日に、こんなに豊かな映画体験ができるとは…。
恐るべしフィルメックス…!!
【作品詳細】
イラン / 2016 / 63分 / 監督:モフセン・マフマルバフ(Mohsen MAKHMALBAF)
人類学者の父親と救急病棟で働くその娘のたどる運命をイスラム革命前、イスラム革命中、そしてイスラム革命後の3つの時代にわたって描き、マフマルバフ本人もその一端を担った1978年のイスラム革命の意味を鋭く問う作品。検閲によって25分間カットされた後、1990年のテヘラン・ファジル映画祭で上映されたものの、再度の検閲で上映自体が禁止となってネガが当局に没収されたため、それ以降イラン国内外を問わず全く見ることのできなかった幻の映画。近年、何らかの形でネガがイラン国外に持ち出されてロンドンで復元作業が行われ、本年のヴェネチア映画祭クラシック部門のオープニングを飾った。検閲前のオリジナル版は100分であったと言われる。

【感想レビュー】@東京フィルメックス
11/23(水・祝)の4本目。
特別招待作品フィルメックス・クラシックの1本です。
オリジナル版の100分から37分も検閲によりカットされているとのことで、さらに上映されている部分でも、音声が無音にされている箇所が幾つもありました。
逆に、このシーンはなぜ検閲に引っ掛からなかったのだろう…

でも、カットされている部分は反体制の言動をしているわけで、無声であるということ、それこそが、まさに体制からすると皮肉ながら監督のメッセージになってしまっているのですが。
革命前、革命中、革命後の3つの時代を経て、人々の考えが変化していきます。
もっと自らの頭で考えなければならないのではないか。映画はそんなメッセージを投げかけてきます。
とりわけ、夜のシーンが美しかったです。白々しい昼間と打って変わり、闇に紛れて真実が垣間見えるようでした。
【Q&A フィルメックス公式HPより抜粋】
17才の時、体制への反対運動で逮捕された監督は、その5年後に人々の考えが変化し、同じ広場で革命の暴動が起きたことに驚く。さらに10年後、同じ場所で交通事故に遭った人を皆が素通りする光景を目にした。「なぜ革命では助け合ったイラン人が、事故では助け合わないのか。その心の変化はどこにあるのか。それがこの映画の問いです」。作中では、革命前と革命後のイランの体制の変化も説明されている。「もし政治に1つの問題があれば、その背景にある文化には10の問題があると思った方が良い」とマフマルバフ監督は警告する。「私はこの映画をイラン人の姿を映す〝鏡〟として作りました。彼らに〝自分たちの姿を見てみろ〟と言いたかったのです」と作品の狙いを語った。
映画が人々の考えを変え、社会に変化作用をもたらすことについても言及されました。
それにしても検閲とは…恐ろしい。
そして、それでも諦めずに立ち向かって行くマフマルバフ監督の情熱に畏怖の念をおぼえます。
上映後のQ&Aでは、優しいお声のトーンで比較的ゆっくりな英語でお話しになられていました。
ゆったりとした雰囲気ながらも、力強くて熱くて、大きな大きなお人柄を感じました。
会場に居た人達を包み込むような温かさが印象的でした。
映画から感じたことを、監督ご自身からも感じました。不屈の精神。信念の人。
アミール・ナデリ監督にも感じることだけれど

壇上から、客席にいたアミール・ナデリ監督を『イラン映画の父』と紹介し、会場からまた温かな拍手が起きました

上映後は、とても清々しい気持ちになりました

手元にあるマフマルバフ監督の本、読まねばー!!
ぬおぉぉぉ






『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』という書籍です。
この日は、4本を観賞したところで会場を後にしました。
同日に、こんなに豊かな映画体験ができるとは…。
恐るべしフィルメックス…!!