生活保護者への過剰診療・不正請求 寝たきり高齢者を狙ったタイアップビジネス

2010-05-28 | 社会
生活保護者ばかりを集めた過剰診療、不正請求も。医療不況の中、逸脱する「病院ビジネス」の実体
DIAMOND online 2010年5月28日NHK「追跡!AtoZ」取材班
――日本の医療現場の「裏側」を追う
 大阪の下町を走る黒塗りの車。車はアパートに横付けし、中高年の男性を乗せる。向かった先は、数キロ離れたごく普通の住宅街にある歯科医院だった。私たちは、医療費の不透明な請求が行なわれているという情報を得て、黒塗りの車の追跡ロケを始めていた。
 治療を終えた男性を乗せ、車は再び住宅街へ。送迎サービスのある歯科医院かと思ったが、そうではないようだ。患者を迎えに行く先が、生活保護受給者が数多く入居しているアパートだったからだ。
 私たちは黒塗りの車から降りた男性を追い、直撃取材へ。
 「どうしてわざわざ遠くの歯医者に行くんですか?」
 男性に話を聞くと、今年の春先に支援NPOを名乗る団体に声をかけられ、生活保護を受け始めたという。その際に、歯科医院も斡旋されたと言う。
 なぜ生活保護受給者ばかりを集めるのか? 私たちは歯科医院の事情を知る人物にたどり着いた。その人物は「生活保護者をターゲットにすれば、取りそこね無く、安定収入になる」という。
生活保護受給者を対象に過剰診療も。診療報酬不正請求のカラクリ
 歯科医院が利用しているのは、医療扶助という国の制度。生活保護受給者には医療費の自己負担が無く、医療機関が治療費等を請求すれば、全額が国・自治体から支払われる仕組みだ。
 さらにこの仕組みが大きな利益をもたらすという。自己負担が無いため、過剰診療を行っても問題になりにくいのだという。この歯科医院では、差し歯で済む治療を入れ歯にしたり、1回で済む治療を10回に分けたりするのだという。こうして行なった過剰診療の収入の一部がリベートとして生活保護受給者を集めた暴力団やそれと結びついている支援団体に渡っていると証言した。
 日本では、入院料や治療費など全ての医療行為の価格を国が全国一律で決めている。2年に1度改訂される診療報酬だ。医療機関は患者の病名、行なった治療や検査を診療報酬明細書「レセプト」に記入して公的な審査機関に提出。審査を通ったものが医療保険を運営する健保組合や市町村などに送られ、お金が医療機関に支払われる。このお金は私たちが支払っている保険料や税金だ。
 次に私たちは、過剰な医療費の請求に入院患者が利用されているケースがあるという情報を得た。病院に長期にわたって入院しているという数人の患者に話を聞くと、生活保護を受けながら入院しているという。入院歴は5~10年。特に治療もせず、時間をつぶしながら入院をしているという。
 なぜこのような長期の入院生活が成り立つのか? 私たちは60代の男性の協力を得て、3年6ヵ月分のレセプトを入手した。男性に付けられた病名は延べ90。そのほとんどに自覚症状が無かったという。こうした病名を元にCTスキャンが33回。超音波検査が23回行われていた。医療費の総額は2000万円を超えていた。
 これほどの病気の数、検査数は妥当なのか? 男性が入院していた病院の関係者が取材に答えた。病院が検査をするために勝手に病名を付けているのだという。さらに「こんな病気の宝庫の患者はいない」と笑った。
 さらに、国の規制をかいくぐって設ける巧妙な手口も見えてきた。男性は3年6ヵ月の間に11の病院の間を数ヵ月ごとに転院していたのだ。カラクリは国が定めた入院料の規定にあった。
 病院が受け取る入院料は、入院期間が長くなるほど減額される。不必要な長期入院を防ぐための仕組みだ。しかし、複数の病院間で患者の転院をくり返せば、入院料はリセットされ、常に一番高い料金を取ることができるのだという。
 関係者は言う。
 「生活保護受給者は金のなる木。確実な収入源だ」
寝たきり高齢者を狙ったタイアップビジネス
 不透明な医療の世界。いま、高齢化をビジネスチャンスと捉え医療関係者以外の業者も加わり、様々なビジネスを展開している。
 私たちが取材したのは「寝たきり高齢者専門アパート」。およそ4畳の個室にベッドが1つ。入居の条件は寝たきりで、医療行為が必要であること。
 このアパートのビジネスに不信感を持つ人物がいた。高齢者などの後見人となり身の回りの世話をするNPOの山田隆司さんだ。きっかけは、このアパートに入居していた79歳の女性の後見人になったこと。
 「外出もさせない。悪い状態で安定したままアパートに入れておけばいいというのは、現代の姥捨て山だ」
 山田さんはアパートにまつわる診療報酬にも不信感をもった。女性に特別な手当をしたとして毎月請求されていたものだ。月に27万円にのぼった。
 この報酬は、患者の容体が急変するなど危険な状態にある場合に医師が発行する「特別訪問看護指示書」に基づいて行なわれた訪問看護に対するものだった。国はこの指示書を発行できるのは、月に14日分と定めている。女性には毎月上限いっぱいの金額が請求されていた。アパートに関係していた医師に取材をすると、ほとんどの入居者に特別指示書を出していたことを認めた。
 「容体が急変する可能性がないとは言えない。指示書を出すのは医師の裁量権だ」
 さらに取材を進めると、訪問看護ステーションは、30人あまりの入居者への特別な手当の報酬として、毎月800万円~1000万円を受け取っていたことがわかった。
 実は、報酬を受け取っていた訪問看護ステーションとアパートの経営には同じ会社の役員が関わるなど、関係が深く、指示書を出した医師の診療所もアパートのために作られたものだった。関係者は、「皆でタイアップしてビジネスとしてやっていた」と語った。
入院費削減に悩む医療機関。診療報酬を増やすための試行錯誤
 こうした不透明な医療費請求の背景として、医療費の削減が挙げられる。国は高齢化に伴う医療費増加を抑制しようと、診療報酬の改定によって入院費などの切り下げを続けてきた。その影響は一般の医療機関にも及んでいる。
 東京ビッグサイトで開かれたセミナー。今年改訂された診療報酬について解説するもので、全国の病院から医療事務の担当者が殺到した。経営の厳しさが増す中、参加者の最大の関心は、診療報酬制度をどう利用すれば収益を上げられるかだ。
 診療報酬削減の流れの中で、病院はどう姿を変えるのか? 取材に向かったのは盛岡市にある病院。高齢者が長期入院する療養病院だ。4月、病院ではあわただしく会議が開かれていた。また入院料の基準が変わったからだ。
 国は高齢者の社会的入院を減らそうと、医療の必要性が低い患者の退院を促す策を出し続けている。今回は、医療の必要性が高い患者が8割を超える病院には入院料の増額、8割未満の場合は減額という基準改定が行われた。
 取材した病院では国の誘導に従って、退院の促進をしたが、介護施設の空きがないなどの理由で基準に満たなかった。そこで苦肉の策として行なったのが、患者のベッドの大移動だった。
 実は今回の基準改定の文書を読み込んでみると、患者の割合は「病棟ごとに」求めると記されていた。「病院ごとに」ではなかったのだ。
 この病院には3つのフロアがあるが、それをそれぞれ「病棟」であると解釈し、医療の必要性が高い患者を1つのフロア(=病棟)に集中させれば基準を満たすことができるというのだ。実際、全てのフロアで基準を満たさない場合は月に100万円の減収。しかし1つでも満たせば12万円の増収になることがわかった。
 国が一律に定めた診療報酬で決まる病院の経営。そこに使われるのは、私たちが納めた保険料や税金だ。質の高い医療を行った病院が安定した経営をできるための制度がいま求められている。(文:番組取材班 石井有)
取材を振り返って【鎌田靖のキャスター日記】
 病院の言うがまま必要のない治療を受けさせられた生活保護受給者。寝たきりにされたまま不自然な医療費を請求されたお年寄り。今回はこうした不透明な病院ビジネスの実態を追跡しました。
 取材のきっかけは去年理事長らが摘発された、奈良県大和郡山市の山本病院による診療報酬の詐欺事件です。警察の摘発前から取材を始めていた取材班が、その後もこのテーマを継続して追いかけていました。取材先には暴力団関係者もいます。ほぼ1年にわたる厳しい取材が続きましたが、「日本の医療の裏面」を提示することができたのではないかと思っています。
 背景にあるのが番組でも触れましたが、日本の診療報酬制度です。医療機関は国が決めた診療報酬の点数表に基づいて患者に施した治療や検査の明細を公的な審査機関に提出。それを審査機関がチェックし、OKとなれば健康保険組合や市町村が医療機関に医療費を支払うという仕組みです。
 ほとんどの医師が患者の健康を守るため真剣に医療に取り組んでいることは言うまでもありません。しかし一部の医療機関が不正な請求を行っていることも事実です。審査機関のチェックが不十分だという側面もあります。
 番組のゲスト東京医科歯科大学教授で医療経済が専門の川渕孝一さんは、日本の医療が大きく変わってきたことも背景にあると指摘されました。
 診療報酬の削減、それにより悪化する病院経営。一方で「入院から在宅へ」という国の政策によって他の業種の医療分野への参入。こうして医療がビジネスに変質しているのです。あるいは変質せざるを得ないのかもしれません。そこに不透明な医療ビジネスが付け入る隙が生まれているということなのでしょう。
 不正、不透明な医療ビジネスをチェックする体制をどう作っていくのか議論が必要です。なぜならそこで狙われるお金は私たちが支払っている保険料や納めている税金だからです。
この記事は、NHKで放送中のドキュメンタリー番組『追跡!AtoZ』第44回(5月22日放送)の内容を、ウェブ向けに再構成したものです。

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