小沢一郎氏 失脚の引き金となった2009年2月の発言 「在日米軍は第7艦隊だけで十分」

2012-10-21 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア

小沢一郎氏 失脚の引き金となった2009年2月の発言とは?
NEWSポストセブン2012.10.21 07:00
 ベストセラー『戦後史の正体』(創元社)が話題の元外務省国際情報局長・孫崎享氏は、新刊『アメリカに潰された政治家たち』(小学館刊)で、アメリカの虎の尾を踏んで失脚した政治家12人を紹介している。そのなかの一人が、「国民の生活が第一」代表の小沢一郎氏だ。小沢氏はなぜ米国に狙われたのか、孫崎氏が解説する。
 * * *
  私は米軍情報部が人材リクルートのために製作したプロモーションビデオを見たことがあります。その映像では情報部の活動の一端が紹介されているのですが、オサマ・ビン・ラディンなどとともに小沢一郎氏の写真が映し出され、私はハッとしました。彼らにとっては、小沢氏に対して工作をしていることなど、隠す必要がないほど当たり前のことなのです。
  2009年2月24日の記者会見で、小沢氏は「軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分だ」と語りました。小沢氏はこれでアメリカの“虎の尾”を踏んだのです。
  この発言から1か月も経っていない2009年3月3日、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の会計責任者で公設秘書も務める大久保隆規らが、政治資金規正法違反で逮捕される事件が起きました。しかし、贈収賄が行なわれたとされるのはその3年以上も前で、あまりにもタイミングが良過ぎます。
  なぜこういうことが起きるのかというと、米国の情報機関は、要人の弱みになる情報をつかんだら、いつでも切れるカードとしてストックしておき、ここぞというときに検察にリークするからです。
  この事件で小沢氏は民主党代表を辞任しました。その後、民主党への政権交代が起き、鳩山首相が誕生したのですから、もしこの事件がなければ、小沢氏が首相になっていてもおかしくなかったのです。この一連の事件は、ほぼ確実に首相になっていた政治家を、アメリカの意図を汲んだ検察とマスコミが攻撃して失脚させた事件と言えるのです。
 ※『アメリカに潰された政治家たち』より抜粋
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 ◇ 孫崎亨著 『アメリカに潰された政治家たち』  第1章 岸信介 / 第2章 田中角栄と小沢一郎 
 ●第2章 田中角栄と小沢一郎はなぜ葬られたのか
p93~
 2.最後の対米自主派、小沢一郎
角栄に学んだ小沢の「第七艦隊発言」
 私は情報局が人材のリクルートのために製作したプロモーション映像を見たことがあるのですが、そのなかで「我々は軍事だけでなく、政治的な分野でも諜報活動を行っている」と活動を紹介し、オサマ・ビン・ラディンの映像などを流していました。そういった一連の映像や画像のなかに、小沢一郎氏の写真が混ざっていて、私はハッとしました。
 彼らにとっては、小沢一郎に工作を仕掛けているということなど、隠す必要がないほど当たり前のことなのです。
p94~
 明確にアメリカのターゲットに据えられている小沢一郎とはどんな人物なのか、簡単におさらいしておきましょう。
 小沢一郎は27歳という若さで衆議員議員に初当選した後、田中派に所属し、田中角栄の薫陶を受けて政界を歩んできました。しかし、1985年に田中角栄とは袂を分かち、竹下登、金丸信らと創政会を結成。のちに経世会(竹下派)として独立しました。
 1989年に成立した海部俊樹内閣では、47歳で自民党幹事長に就任しています。おそらく小沢一郎という人物をアメリカが捕択、意識し始めたのはこの頃だと考えられます。1990年にサダム・フセインがクウェートに軍事侵攻し、国連が多国籍軍の派遣を決定して翌年1月に湾岸戦争が始まりました。
 ここでブッシュ(父)大統領は日本に対して、湾岸戦争に対する支援を求めてきます。
 アメリカ側は非武装に近い形でもいいので自衛隊を出すことを求めましたが、日本の憲法の規定では、海外への派兵は認められないとする解釈が一般的で、これを拒否します。アメリカは人を出せないのなら金を出せとばかり、資金提供を要請し、日本は言われるまま、計130億ドル(紛争周辺国に対する20億㌦の経済援助を含む)もの巨額の資金提供を行うことになります。
p95~
 当時の外務次官、栗山尚一の証言(『栗山尚一オーラルヒストリー』)では、この資金要請について「これは橋本大蔵大臣とブレディ財務長官の間で決まった。積算根拠はとくになかった」とされています。何に使うかも限定せず、言われるまま130億㌦ものお金を出しているのです。
 橋本は渡米前に小沢に相談していました。小沢は2001年10月16日の毎日新聞のインタビューでそのときのやりとりを明かしております。
「出し渋ったら日米関係は大変なことになる。いくらでも引き受けてこい。責任は私が持つ」
 この莫大な資金負担を決定したのが、実は小沢一郎でした。当時、小沢はペルシャ湾に自衛隊を派遣する方法を模索し、実際に「国連平和協力法案」も提出しています(審議未了で廃案)。
 “ミスター外圧”との異名をもつ対日強硬派のマイケル・アマコスト駐日大使は、お飾りに近かった海部俊樹首相を飛び越して、小沢一郎と直接協議することも多かったのです。小沢一郎が「剛腕」と呼ばれるようになったのはこの頃からです。
p96~
 この時代の小沢一郎は、はっきり言えば“アメリカの走狗”と呼んでもいい状態で、アメリカ側も小沢を高く評価していたはずです。ニコラス・ブレディ財務長官の130億㌦もの資金要請に、あっさりと応じただけでなく、日米構造協議でも日本の公共投資を10年間で430兆円とすることで妥結させ、その“剛腕”ぶりはアメリカにとっても頼もしく映ったことでしょう。
 田中派の番頭だった小沢は、田中角栄がアメリカに逆らって政治生命を絶たれていく様を目の当たりにしています。ゆえに、田中角栄から離れて、「対米追随」を進んできたものと思われます。
 しかし、田中角栄の「対米自主」の遺伝子は、小沢一郎のなかに埋め込まれていました。
 1993年6月18日、羽田・小沢派らが造反により宮沢内閣不信任案が可決され、宮沢喜一首相は衆議員を解散しました。それを機に、自民党を離党して新生党を結成し、8党派連立の細川護煕内閣を誕生させました。その後は、新進党、自由党と新党を結成しながら、03年に民主党に合流します。(略)
p97~
 外交政策についても、対米従属から、中国、韓国、台湾などアジア諸国との連携を強めるアジア外交への転換を主張するようになりました。「国連中心主義」を基本路線とするのもこのころです。
 小沢一郎は、09年2月24日に奈良県香芝市で「米国もこの時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分だ。あとは日本が自らの安全保障と極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思う。米国に唯々諾々と従うのではなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、少なくとも日本に関係する事柄についてはもっと役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」と記者団に語っています。
 つまり沖縄の在日米軍は不要だと明言したわけです。
 この発言を、朝日、読売、毎日など新聞各紙は一斉に報じます。『共同通信』(09年2月25日)の配信記事「米総領事『分かっていない』と批判 小沢氏発言で」では、米国のケビン・メア駐沖縄総領事が記者会見で、「『極東における安全保障の環境は甘くない。空軍や海兵隊などの必要性を分かっていない』と批判し、陸・空軍や海兵隊も含めた即応態勢維持の必要性を強調した」と伝えています。アメリカ側の主張を無批判に垂れ流しているのです。
p98~
 この発言が決定打になったのでしょう。非常に有能だと高く評価していた政治家が、アメリカから離れを起しつつあることに、アメリカは警戒し、行動を起こします。
 発言から1か月も経っていない2009年3月3日、小沢一郎の資金管理団体「陸山会」の会計責任者で公設秘書も務める大久保隆規と、西松建設社長の國澤幹雄ほかが、政治資金規正法違反で逮捕される事件が起きたのです。小沢の公設秘書が西松建設から02年からの4年間で3500万円の献金を受け取ってきたが、虚偽の記載をしたという容疑です。
 しかし、考えてもみてください。実際の献金は昨日今日行われたわけではなく、3年以上も前の話です。第7艦隊発言の後にたまたま検察が情報をつかんだのでしょうか。私にはとてもそうは思えません。
 アメリカの諜報機関のやり口は、情報をつかんだら、いつでも切れるカードとしてストックしておくというものです。ここぞというときに検察にリークすればいいのです。
 この事件により、小沢一郎は民主党代表を辞任することになります。しかし、小沢は後継代表に鳩山由紀夫を担ぎ出します。選挙にはやたらと強いのが小沢であり、09年9月の総選挙では“政権交代”の風もあり、民主党を圧勝させ、鳩山由紀夫政権を誕生させます。ここで小沢は民主党幹事長に就任しました。
p99~
小沢裁判とロッキード事件の酷似
 ここから小沢はアメリカに対して真っ向から反撃に出ます。
 鳩山と小沢は、政権発足とともに「東アジア共同体構想」を打ち出します。 対米従属から脱却し、成長著しい東アジアに外交の軸足を移すことを堂々と宣言したのです。さらに、小沢は同年12月、民主党議員143名と一般参加者483名という大訪中団を引き連れて、中国の胡錦濤主席を訪問。宮内庁に働きかけて習近平副主席と天皇陛下の会見もセッティングしました。(略)
 しかし、前章で述べたとおり、「在日米軍基地の削減」と「対中関係で先行すること」はアメリカの“虎の尾”です。これで怒らないはずがないのです。
 その後、小沢政治資金問題は異様な経緯を辿っていきます。
p100~
 事件の概要は煩雑で、新聞等でもさんざん報道されてきましたので、ここでは触れませんが、私が異様だと感じたのは、検察側が10年2月に証拠不十分で小沢を不起訴処分にしていることです。結局、起訴できなかったのです。もちろん、法律上は「十分な嫌疑があったので逮捕して、捜査しましたが、結局不起訴になりました」というのは問題ないのかもしれません。
 しかし、検察が民主党の党代表だった小沢の秘書を逮捕したことで、小沢は党代表を辞任せざるをえなくなったのです。この逮捕がなければ、民主党から出た最初の首相が鳩山由紀夫ではなく、小沢一郎になっていた可能性が極めて高かったと言えます。小沢首相の誕生を検察が妨害したということで、政治に対して検察がここまで介入するのは、許されることではありません。
 小沢は当初から「国策捜査だ」「不公正な国家権力、検察権力の行使である」と批判してきましたが、現実にその通りだったのです。
 この事件には、もう1つ不可解な点があります。検察が捜査しても証拠不十分だったため不起訴になった後、東京第5検察審査会が審査員11人の全会一致で「起訴相当」を議決。検察は再度捜査しましたが、起訴できるだけの証拠を集められず、再び不起訴処分とします。それに対して検察審査会は2度目の審査を実施し「起訴相当」と議決し、最終的に「強制起訴」にしているところです。
p101~
 検察は起訴できるだけの決定的な証拠をまったくあげられなかったにもかかわらず、マスコミによる印象操作で、無理やり起訴したとの感が否めないのです。これではまるで、中世の魔女裁判のようなものです。
 ここで思い出されるのは、やはり田中角栄のロッキード事件裁判です。当時、検察は司法取引による嘱託尋問という、日本の法律では規定されていない方法で得た供述を証拠として提出し、裁判所はそれを採用して田中角栄に有罪判決を出しました。超法規的措置によって田中は政界から葬られたのです。(略)
東京地検特捜部とアメリカ
p102~
 実は東京地検特捜部は、歴史的にアメリカと深い関わりをもっています。1947年の米軍による占領時代に発足した「隠匿退蔵物資事件捜査部」という組織が東京地検特捜部の前身です。当時は旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材がさまざまな形で横流しされ、行方不明になっていたので、GHQの管理下で隠された物資を探し出す部署として設置されました。つまり、もともと日本のものだった「お宝」を探し出してGHQに献上する捜査機関が前身なのです。
 東京地検特捜部とアメリカお関係は、占領が終わった後も続いていたと考えるのが妥当です。たとえば、過去の東京地検特捜部長には、布施健という検察官がいて、ゾルゲ事件の担当検事を務めたことで有名になりました。
 ゾルゲ事件とは(略)
p103~
 さらに布施は、一部の歴史家が米軍の関与を示唆している下山事件(略)
 他にも、東京地検特捜部のエリートのなかには、アメリカと縁の深い人物がいます。
 ロッキード事件でコーチャンに対する嘱託尋問を担当した堀田勉は、在米日本大使館の一等書記官として勤務していた経験があります。また、西松建設事件・陸山会事件を担当した佐久間達哉・東京地検特捜部長(当時)も同様に、在米大使館の一等書記官として勤務しています。
 この佐久間部長は、西松建設事件の捜査報告書で小沢の関与を疑わせる部分にアンダーラインを引くなど大幅に加筆していたことが明らかになり、問題になっています。
 この一連の小沢事件は、ほぼ確実に首相になっていた政治家を、検察とマスコミが結託して激しい攻撃を加えて失脚させた事件と言えます。
 『文藝春秋』11年2月号で、アーミテージ元国務副長官は、「小沢氏に関しては、今は反米と思わざるを得ない。いうなれば、ペテン師。日本の将来を“中国の善意”に預けようとしている」と激しく非難しています。
p104~
 アメリカにとっては、自主自立を目指す政治家は「日本にいらない」のです。必要なのはしっぽを振って言いなりになる政治家だけです。
 小沢が陥れられた構図は、田中角栄のロッキード事件のときとまったく同じです。アメリカは最初は優秀な政治家として高く評価していても、敵に回ったと判断した瞬間、あらゆる手を尽くして総攻撃を仕掛け、たたき潰すのです。小沢一郎も、結局は田中と同じ轍を踏み、アメリカに潰されたのです。
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「在日米軍は第7艦隊だけで十分」 2009年 小沢一郎発言の正当な評価  
 「第7艦隊だけで十分」発言の正当な評価
 SAPIO 2010年2月10・17日号 文=田岡俊次(軍事ジャーナリスト)
 小沢一郎氏と周辺の金の問題には疑問を感じてはきたものの、それとは別に同氏の軍事知識については相当なものだ、と評価せざるをえない。
 同氏は民主党代表だった昨年2月24日、記者団に「米海軍の第7艦隊だけで、米国の極東でのプレゼンス(存在)は十分だ」と語った。自民党は、安全保障問題に関する民主党の信頼性を低下させる好機と見た様子で、この発言に猛然と噛みついた。
 当時の麻生太郎首相は「同盟国である米国が海軍だけ、あとは空軍も海兵隊も陸軍もいらないとは、防衛に少なからぬ知識のある人はそういう発言をなさらないのではないか」と語った。他の自民党幹部たちも「非現実的」「日米関係を危うくする」などと非難した。だが、自衛隊の将官や軍事評論家達の間では「小沢さんの言う通りじゃないか」との声が多く聞かれた。麻生前首相らの小沢発言への批判は在日米軍の実態や軍事再編をよく知らず、漠然とした「日本は米軍に守られている」との感覚から出たと思われる。
 在日米空軍は沖縄の嘉手納にF15戦闘機48機、青森県三沢にF16戦闘機40機を配備していることになっているが、これらは中東などに交代で派遣され、実数はさらに少ないことが多い。日本の防空は1959年以来すでに50年以上、航空自衛隊(F15が203機、F4EJ〈改〉が90機、F2が76機、対空ミサイル「パトリオット」4連装発射機135輌)が一手に担ってきた。同年にレーダーサイトや防空指令所が航空自衛隊に移管され、その際に結ばれた航空総隊司令官・松前未曽雄空将と、在日米空軍司令官R・W・バーンズ中将との協定で「日米の航空部隊は指揮系統を別個とする」と定められた。防空の指揮は日本側が行ない、米空軍はその指揮下に入らないのだから、防空には関わらない、という意味だ。
 沖縄でも72年の返還以後は自衛隊が防空を担っている。嘉手納の米空軍の戦闘機は沖縄返還後は交代で韓国の烏山基地に派遣され、韓国の防空に当たっていた。だが在韓米空軍が86年に第7空軍として独立、それまで日本と韓国の米空軍を管轄していた第5空軍と別組織となって以後は韓国に行く機会も少なくなり、湾岸戦争(91年)後はイラク上空の哨戒飛行のため、トルコやサウジアラビアの基地に交代で展開していた。だがイラク軍は2003年のイラク戦争で潰滅し、その仕事も失った。中東に派遣しているなら米本国の基地に戻し、そこから出せばよいではないか、との質問が米議会で出たこともあるが、国防当局者の答弁は「日本にいれば基地の維持費を日本が負担するから、本国に居るより経費が節減できる」というものだった。
 三沢のF16は84年に配備された。当時米軍はソ連との開戦と同時に、オホーツク海にひそむソ連の弾道ミサイル原潜を処理して米本土への核攻撃能力を削ぐ戦略を持っており、対潜哨戒機や水上艦のオホーツク海突入の妨げとなるエトロフ島やサハリンのソ連航空基地やレーダーを叩くためだった。現在、三沢のF16は敵のレーダー電波を捉えて発信源に向かうミサイル、「ハーム」を搭載し、敵の防空網を制圧することを専門として、中東などに派遣されることが多い。航空自衛隊の戦闘機は「ジャッジ・システム」(*1)で指揮されているが、日本にいる米軍戦闘機はその受信機を持っていない。日本防空の任務を帯びていないからだ。
 在日米陸軍は2500人余しかおらず、大部分は補給、情報要員で、戦闘部隊は沖縄に特殊部隊1個大隊(約300人)がいただけだった。06年、嘉手納に「パトリオットPAC3」を持つ対空砲兵大隊(約600人)が新たに配備された。しかし特殊部隊は有事の際にはアジア各地に潜入して、情報収集、破壊工作を行なう部隊で、いまはフィリピンでイスラム・ゲリラ討伐を指導している。07年には神奈川県座間に米陸軍第1軍団の前方司令部が設けられ、米陸軍の東アジア重視のように言われたが、米陸軍は在韓米陸軍司令部を12年に廃止し、戦時の指揮権を韓国軍に委ねることとしており、東アジアに米陸軍司令部が全くなくなるのもまずいから、小型の軍団司令部の一部を日本に持ってきたもので、銀行が大支店を閉鎖する代わりに近所に出張所を設けたような形だ。在日米軍の情報要員の大半は通信傍受、解読を専門にするNSA(国家安全保障局)に属し、かつてはソ連の通信情報を主な対象としていたが、冷戦後は同盟国を含む他国政府や企業などの通信を傍受し、米国の経済競争力向上に役立てる「エシュロン」も行なっている。
<脚注>
*1 地上のレーダーなどが機影を探知すると、コンピュータで飛行計画などと照合、身許不明機だと最適の部隊に迎撃勧告を出し、発進した戦闘機に対し取るべき針路、高度、速力などを指示するシステム。
米国は日本の核武装を恐れている
 米海兵隊は米海軍省に属する「海軍陸戦隊」で、今では海軍とは別の軍として、陸、海、空軍に次ぐ「第4の軍」とされるが、艦隊の編成上、沖縄の第3海兵遠征軍は米第7艦隊に属する「第79任務部隊」だから、小沢氏の説「米第7艦隊だけで十分」の中には海兵隊を含むとも言える。米海兵隊は3、4隻の揚陸艦に乗る「海兵遠征隊」(*2)を基本単位とし、戦乱や暴動、災害などの際の在外米国人の救出や上陸作戦の先鋒となるのが任務で、沖縄の防衛兵力でないことは言うまでもない。
 小沢説は米軍再編の方向にも合致している。再編の基本的考えは、(1)冷戦時代に共産圏諸国の周辺に米軍を配置したが、いまや時代遅れで、固定的配置よりも柔軟な運用をめざす、(2)軽量部隊を急速に展開できるよう、陸軍は師団(約2万人)から旅団(約4000人)に編成を変え、装甲車輌も中型輸送機C130で運べる物とする、(3)重装備、弾薬、燃料等は「事前集積船」に積み待機させ、海外の補給拠点、倉庫は整理する、(4)在外兵力は極力地元との摩擦を減らすよう縮小し、7万人を本国へ戻す、などだ。
 米空軍は10個「航空遠征軍」(AEF。*3)に改編し、うち2個AEFを即時出動可能にするとしている。鳩山首相が「有事駐留」を語った、として事大的な自民党や親米メディアは非難するが、米陸、空軍自体が有事駐留に向かっていることを知らないのだろう。
<脚注>
*2 歩兵1個大隊約800人、砲6門、装甲車20余輌、ヘリ20余機、垂直離着陸攻撃機「ハリアーⅡ」約6機から成る。
*3 戦闘機、爆撃機約90機、空中給油機、早期警戒機、電子戦機など40機から成る。
 ドイツでは冷戦時代に米陸軍、空軍計24万人がいたが、今では5万人程度に減り、韓国では4万3000人が2万5000人になった。在韓米陸軍の主力、第2歩兵師団は戦闘部隊の半分約1万2000人を削減し、残る部隊も前線地域を離れ、大半はソウル南方約60㎞、西海岸の平沢に移る。ここには新港があり、烏山空軍基地にも近いから他地域への出動が容易なためだ。米軍が他国軍の指揮下に入ることはまずないから、戦時指揮権を韓国軍に委ねるのは、米軍が韓国で戦う事はまずない、との情勢判断があるためだ。米国にとっては、韓国に軍を置いたのは北朝鮮の背後にソ連、中国がいたためで、ソ連は崩壊、中国は市場経済化で米国と緊密になり、通常戦力では南が圧倒的に優勢という状態だから「南北関係は朝鮮半島のドメスティック問題」という認識が広がり、駐留兵力の削減、移転につながった。むしろ米国は北朝鮮よりも日本の核武装に対して警戒心を抱いている。北朝鮮の核開発について米国には「それに対抗して日本が核開発を始めれば、その経済や、技術力から、かつてのソ連をしのぐ脅威となる」との懸念が根強く、06年の第1回核実験の直後、当時のC・ライス米国務長官は急遽訪日し「核の傘」を強調して回った。「核の傘」は日本が米軍の駐留を認める見返りと言うより、NPT(核不拡散条約)から脱退せず、核武装をしないこととのバーター関係、とも言える。
 米国はイラク戦争、アフガン戦争の失敗で、出口戦略を模索せざるをえず、年間1兆ドル以上の財政赤字が今後も続く中、在外兵力はさらに削減を迫られるだろう。だが米海軍の戦力は、仮に今後10年間1隻も建造できなかったとしても(それはありえないが)その間に退役する艦齢に達する艦を除いて、原子力空母10隻、戦略ミサイル原潜9隻、攻撃原潜(対艦船用)36隻、巡洋艦16隻、駆逐艦64隻、揚陸艦27隻が10年後の姿であり、装備、訓練など質の高さとあいまって、全世界の他の海軍が束になってもかなわない実力を保ち続ける。海外市場と輸入資源への依存度がさらに高まる中国は、海洋を支配する米国との協調を一層強めることになろう。米海軍と敵対して海上通商路を守ることは不可能であるだけでなく、それにより米国市場を失い、外国企業が中国から引き揚げ、米国債や投資など100兆円を超える在米資産が凍結されては元も子もなくなる。
 米海軍の世界的制海権確保のためには、太平洋の対岸にある横須賀、佐世保の両港と岩国の海軍航空隊基地は不可欠で、ハワイ、グアムには艦船の修理、補給の産業基盤がなく、西太平洋、インド洋での艦隊の行動が制限される。これらの事情を考えれば、小沢氏の「米国の極東でのプレゼンスは第7艦隊だけで十分」との説を非難した人々は自らの無知を暴露したと言うしかない。
 また小沢氏の安全保障政策には「洋上給油は中止すべきだが、アフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)に加わってもよい」との持論があった。米国のアフガン攻撃は米国の自衛権行使であり、国連の行動ではないから、それに協力する洋上給油は、「集団的自衛権の行使」で違憲に当たる。だが、ISAFはタリバン政権崩壊後、国連安保理決議で設置を決めたから日本が参加しても合憲という理屈だ。国連中心主義には一応論理性はあるが、現実にはアフガンのISAFに加わる方が洋上給油より危険だ。状況に合わせて判断すべきで、安保理決議があれば何でもやるというなら危険が大きい。07年1月、当時の安倍首相もNATO司令部で、「自衛隊の海外派遣をためらわない」と演説、ネオコン風の学者、評論家を集めた懇談会を作り憲法解釈を変えて、ISAF参加を可能にしようとしたが、同年9月突如辞任した。その安倍氏の側近を自負した若手自民党参議院議員や、同氏のお気に入りだった元女性閣僚が「地上部隊の派遣は危険」と小沢説に噛みついたのは矛盾の極みだった。
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小沢一郎発言「在日米軍は第7艦隊で十分」の見識
・その1 ―― 脅威の見積もりなしに行われる議論の不思議
【高野 論説】《THE JOURNAL》2009年2月28日07:05 高野孟
 在日米軍再編に関連して小沢一郎民主党代表が「第7艦隊がいれ ば十分だ」と発言したことが波紋を呼び起こしている。
●小沢発言
 小沢の発言は次の通りである。
 ただ米国の言う通り唯々諾々と従っていくということでなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、どういう役割を果たしていくか。少なくとも日本に関係する事柄は、もっと日本自身が役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る。この時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に第7艦隊が今いるから、それで米国の極東におけるプレゼンスは十分だ。あとは日本が極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思っている(24日、奈良県香芝市で記者団に)。
 (米空軍などは)いらないと言っているのではなく、日本もきちんとグローバル戦略を米国と話し合って役割分担し、その責任を今まで以上に果たしていかなければいけないという意味で言っている。日本も米国におんぶに抱っこになっているから。自分たちのことは自分たちでやるという決意を持てば、米軍が出動部隊を日本に置いておく必要はない。ただ、どうしても東南アジアは不安定要因が大きいので、米国のプレゼンスは必要だ。おおむね第7艦隊の存在。あとは日本の安全保障、防衛に関連することは日本が、自分のことなんだから果たしていくということだ(25日、大阪市で記者団に)。
●それへの反応
 これに対して政府・与党側や在日米外交筋からは25~26日にかけて一斉に反発が湧き起こった。
 「日本の周りには核実験をし、搬送手段を持ち、日本を敵国かのごとく言っている国が存在する。その時に同盟国である米国が海軍だけ。あとは空軍も海兵隊も陸軍もいらないと。防衛に少なからぬ知識がある人はそういう発言はしないのではないか」(麻生太郎首相)
 「自前の防衛予算を3倍から5倍にでもしようかという勢いかもしれないが、暴論以外の何ものでもない」(町村信孝元官房長官)
 「(小沢発言は)日本の軍備増強でカバーしていく発想。民主党の旧社会党系、共産党、社民党の方々がよくご一緒に行動しておられるなと思う」(伊吹文明元幹事長)
 「日米同盟にひびが入る。民主党政権が実現すると、我が国の安全保障は根底から覆される。次期総選挙の争点だ」(山崎拓元防衛庁長官)
 「極東における安全保障の環境は甘くない。空軍や海兵隊などの必要性が分かっていない」(ケビン・メア駐沖縄総領事)
 また本来的に反安保の社民党・共産党からは戸惑いのコメントがあった。
 日本は世界全体が軍縮に向かうイニシアチブを取るべきだ。軍拡の道を進むことで(米国の)イコールパートナーになるのは間違っている(志位和夫共産党委員長)
 「軍備拡張にはとにかく反対だ」(福島瑞穂社民党党首)
●何が問題か
 第1に、このような議論が全体として不毛なのは、冷戦が終わって旧ソ連の脅威が基本的に消滅した後で、この国がいかなる現実的・潜在的な軍事的脅威に直面しているのかという冷静な「脅威の見積もり」(という防衛論の大前提)を欠いたまま行われていることである。
 そもそも旧ソ連の対日脅威というのも、実体的には、戦闘爆撃機によるエアカバー(爆撃等による制空)の下での空挺部隊や特殊部隊の降下は可能であっても、主力の機甲師団の渡洋上陸による本格的な侵攻は、ウラジオストック港への渡洋上陸艦の集結が行われていない状況では全くの潜在的脅威に止まっていた。ところが当時マスコミは、潜在的と現実的の区別など(意図的に?)無視して脅威が差し迫っているかに煽り立て、とりわけ週刊誌などは「ある日突然、札幌のあなたの家の庭先にソ連軍の戦車が!」などと面白おかしく書き立てた。そういう無責任な記事のために、青森の女性が稚内の男性に嫁ぐ縁談が女性の親の反対で破談になったという笑えない実話さえ生まれたほどだった。
 実際に現地の指揮官などと個人的に議論すれば、現実的な脅威が差し迫っている訳ではなく、もしそうならすでに自衛隊も迎撃のために臨戦態勢に入っていなければならないが、そういう事態とは認識していない旨明言する。しかし、防衛省や政府・与党にしてみれば、脅威が迫っていることにしておいた方が防衛予算も通りやすいので、そのような報道の過熱を放置するどころか、恐ろしげな情報をリークするなどして裏から火に油を注ぐような真似さえする。
 そのように、脅威は元々大げさに扱われやすいもので、その最悪の事例の1つが、「サダム・フセインが大量破壊兵器を隠していて、それが今にもテロリストに手渡されようとしている」というイスラエル情報機関が流した偽情報にブッシュ前大統領が引っかかってイラク戦争を始めてしまったことである。
 さて、冷戦が終わって旧ソ連の脅威は潜在的なレベルでさえもほぼ消滅し、それならばそれを主敵として組み上げられてきた在日米軍と自衛隊の兵力・装備・配置、さらに両軍の日本防衛のための共同作戦計画も大幅に縮小する方向で徹底的に再検討されなければならなかった。が、不思議なことにそういう動きは一切起こらず、例えば陸上自衛隊は3000両の戦車を北海道に配置して旧ソ連の上陸強襲作戦に備えるという構えを、今日に至るも基本的には崩 していない。そうこうする内に今度は北朝鮮のミサイルが脅威だということになり、それでも足りないとなると、中国の海軍力の増強が著しいことが盛んに採り上げられた。北のミサイルは米国による“先制攻撃”を抑止しつつ外交交渉の切り札としても活用することが狙いであり、また中国の海軍増強は、米第7艦隊と少なくとも緒戦において張り合えるだけの力を持たないと「いざとなれば台湾を武力解放する」という建前が維持できないからである。いずれも米国との関係の上で企図されていることであり、日本に軍事攻撃を仕掛けることは特に予定されていない。ところがそんなことはお構いなしで、北が怖い、中国が危ないという世論操作が罷り通る。民主党の前原誠司元代表が米国で演説して「中国の軍拡は日本にとって現実的な脅威だ」と言ったのは、明らかに防衛省の情報操作に乗せられたもので、彼が防衛に関して素人であることを露呈したものだった。
 こうして、冷戦時代からポスト冷戦20年を経た今日まで、この国は本当のところ、どこからの、どういう種類の、どのくらい大きな脅威に直面しているのか、正確な認識を持ったことがない。その状況をそのままにして、在日米軍にせよ自衛隊にせよ、その兵力・装備・配置が適正であるかどうかを議論すること自体が珍妙である。
 もちろん、上述のように旧ソ連の脅威が元々過大に言われていて、その脅威の相手を北朝鮮と中国に“横滑り”させながら基本的に冷戦時代と変わらない態勢を維持してきた訳で、どちらにしても日本防衛の目的からして在日米軍は過大であるに違いなく、小沢が言うのは正しい。ただし彼も、日本が晒されているのはどういう脅威であって、だから第7艦隊の象徴的存在で十分なのだということを説得的に説明する必要があるだろう。また、第7艦隊を含む在日米軍は、日本防衛の約束のためだけに居るのではなく、西太平洋からインド洋、ペルシャ湾までの地球の半分での米軍事戦略の展開の最重要拠点として日本を利用しているという側面があり、それを日本としてどこまで許容するのかという問題もある。
 それに対して政府・与党側の批判は総じて、自分の頭で脅威の性質と適正な日米兵力の水準について考えたことのない人の発言で、つまりは「米国が必要だとおっしゃっているのに、なんて小沢は失礼なんだ」ということに尽きる。こういう思考が日本のあるべき防衛の姿を見えなくしてきたのである。
投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2009年2月28日 07:05 |

小沢一郎発言「在日米軍は第7艦隊で十分」の見識・その2——米軍削減=自衛隊増強という固定観念
【高野 論説】《THE JOURNAL》2009年3月 1日 09:23 高野孟
 問題の2つ目は、政府・与党側からの反論も社共両党など左からの意見も、共通して、米軍の兵力を削減すればそれだけの分、自衛隊を増強して自主防衛力を増強しなければならないという頑なな固定観念に囚われていることである。
 小沢は発言の中で、「私たちもきちんとした世界戦略を持ち、どういう役割を果たしていくか。少なくとも日本に関係する事柄は、もっと日本自身が役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」「自分たちのことは自分たちでやるという決意を持てば、米軍が出動部隊を日本に置いておく必要はない」と言い、そこを捉えて町村は「自前の防衛予算を3倍から5倍にしようとする暴論」と、また社民党の福島も「軍備増強にはとにかく反対」と、似たような反応を示した。
 ところが民主党の鳩山由紀夫幹事長は小沢発言について、「日本の軍事力を増強するという発想に立ったものではないと理解している」と語り、在日米軍を減らしても日本の自主防衛力を増強しなくて済む道筋がありうることを示唆している。
●多元方程式
 この議論は複雑で、いくつもの方程式を重ね合わせていかなければ解けない。
 第1に、既に述べた脅威との関係である。脅威の性質と強度——つまりどの国が(と言っても実際には北朝鮮と中国だが)どのような様態で(核を含むミサイルによる全土破壊もしくは首都か主要米軍基地などに限定した攻撃、陸海空総動員による渡洋上陸侵攻・対日占領、特殊部隊潜入による原発破壊などゲリラ行動、等々)、どのような戦略環境条件の下で、日本の独立と安全を致命的に脅かすような侵略行動を仕掛けてくる少なくとも潜在的可能性が存在するのか——が確定されて、それに対処するに現在の在日米軍と自衛隊の兵力・装備・配置が適正であるという前提が成り立っているなら、米軍削減は直ちに自衛隊増強を以て穴埋めしなければならない。しかし脅威が確定されておらず、従って日米両軍の適正について議論する基準が存在しないのであれば、その増減の可能性について検討することすら出来ない。米軍削減が即、自衛隊増強に繋がるというのは、長く続いた防衛に関する思考停止状態が生んだ単なる固定観念である。
 私見では、旧ソ連の対日上陸侵攻の脅威が消失した後では、日本が直接侵攻される危険は著しく低減しており、恐らく、現在の陸上中心の自衛隊の編成を抜本的に改めて、海空中心の超ハイテクの専守防衛部隊を建設することによって、日本防衛の態勢はほとんど自主的に賄えるのではないかと思われる。
 第2に、米軍の遠隔投射能力との関係である。今述べたように「日本に関することはもっと日本が役割を分担する」(小沢)ようにしても、万全ではないので、いざという時の米軍来援の約束は、少なくとも当分の間、必要だが、かと言って例えば沖縄に海兵隊が常駐していることが必要ということにはならない。遠隔地に向かって戦闘部隊を急派・投入する米軍の能力は昔とは比較にならないほど高まっていて、グアムかハワイか米西海岸に常駐する海兵隊が飛来すればそれで済むのではないか。その時点では、沖縄の嘉手納基地や東京の横田基地は返還されて民用空港になっているが、いざという時には軍事利用に全面開放する協定も結んでおく。
 96年に結成された旧民主党は、綱領的政策の柱の1つに「常時駐留なき安保」を掲げ、いつまでも米国の言いなりに基地を提供し多大な「思いやり予算」まで注ぎ込んでいるのを止めて、日米対等の立場で米軍基地の機能を1つ1つ吟味して、不要なものは返還させたり統廃合させたりして、特に沖縄の過大な基地負担を減らしていくと主張した。その考え方は、民主党結成過程で横路孝弘が提起し、鳩山や菅直人らが賛成して定式化されたもので、当時鳩山は『文芸春秋』誌上で民主党の立場について論じた中でそれを詳しく述べていた。98年の民主党再結成の際にその路線は消えてしまったものの、民主党にとって本来、小沢の考え方は唐突なものではない。
 第3に、日本の対米コンプレックスとの関係である。日本の政権与党は未だかつて、そのように米軍基地と在日米軍の存在意義を1つ1つ採り上げて情報開示を迫り、要るものは要るし要らないものは要らないという是々非々の姿勢を示したことはなく、その意味で占領以来の対米コンプレックスに基づいて事実上主権を放棄するかの屈従的態度を取ってきた。それが米国を増長させてきたのである。
 小沢は27日横浜で、自らの発言の反響の大きさに関連して、「できる限り自国の防衛に関係する役割を果たせば、米軍の負担は少なくなるという当たり前の話をしただけだ。米国の負担が軽くなれば、それだけ在日米軍も少なくて済む。具体的なことは、政権を取ってから米国に聞いてみないと分からない」と語った。歴代の自民党政権は「聞いてみる」こともしてこなかったのだから、それだけでも政権交代する意味があると言えるのではないか。
 第4に、それでも残るのは、在日米軍の対外的機能との関係である。在日米軍は現在では、極東のみならず中東から西太平洋までの地球半分で縦横に作戦を展開するための拠点として日本を確保し続けることが主眼であり、日本防衛への協力は「ついで」というかむしろ口実に過ぎない。とすると、沖縄の海兵隊にせよ、横須賀を母港とする第7艦隊にせよ、横田や三沢の空軍にせよ、それが本当にそこに存在することが必要なのかどうか、グアムやハワイではなぜダメなのか、日本防衛の機能だけでなく対外的機能についても同様に1つ1つ吟味する必要がある。その結果、小沢の言うように「第7艦隊の母港機能は他を以て代え難い」ということで日米納得するのであれば、存続させることになる。
 米国としては、在日基地と思いやり予算は“既得権益”であり、日本の無知・無力に付け込んで脅したりすかしたりしながらいつまででも維持したい。それに黙って従うのが「日米同盟重視」だと言うのは明らかに間違いで、きちんと対米交渉の俎に乗せなければならない。
 その際、言うまでもなく日本が米軍の対外的機能を代替するという選択はあり得ない。小沢も27日の横浜発言の中で「日本が他国の有事に参加することはあり得ない」と明言している。あくまでも、在日米軍と基地の対外的機能を認めた上で、そのどれがどう必要なのかを問いただすことである。
 こうして小沢発言は、いつもの彼の癖で、党内幹部や安保関係の部会などで議論して体系立って発表したものではなく、記者の質問に答える形で持論を述べただけのもので、それだけに誤解や曲解を生みやすいが、民主党が次期政権を担う可能性が高まっている中での1つの問題提起としてなかなか面白い。同盟とは単に言いなりになるということではないというごく当たり前のことが通用する時代を拓かなければならない。
投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2009年3月 1日 09:23 |
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