文人の資格なら十分に備えている私。
大学院を卒業していなくても、文人の資格なら十分に備えている私は、「自分の力(ウデ)で書けるし描ける」。
大学院を卒業していても、「自分の力(ウデ)で書けないし描けない」ナンチャッテ似非文人らは、何人集まっても、同じだ。ダニやゴキブリが何匹いようが何も変わらないように。
マラソンランナーも、生まれつき走れるはずもなく、少しの才能を日常から発揮し、体を作って成長しているはずだ。
スポーツ選手なら、それを体で理解できる。
文を書くのも、絵を描くのも、子どもの落書きとは違うから、文人を名乗れるのだ。
文字が上手に書けるなら、文字を教えれば良いし、計算が速くて正確なら、計算方法を教えれば良いだけだ。
出し惜しみせず教えることが、教師の才能を伸ばせる。理論や方法論なら、いくらでも伝授できよう。
勉強にがむしゃらな生徒達に、教師は難関を突破する心構えを教えることが可能だ。
勉強嫌いな生徒には無理強いはせず、底辺で働く未来を示すだけで良い。
勉強嫌いでも金持ちになれるなら、そこはぬくぬくした場所で、猿の温泉地だ。油田の国の恵まれた民になりたいなら、そこで暮らせば良い。
「犯罪で正当な金持ち」になりたいなら、犯罪国を作れば良い。
P.S.有名な画家は、何かの資格で有名に成ったわけではなく、その画風で有名だ。英検一級取得したからといって、英語小説が書けるわけではない。てめえらバカか?大卒じゃないナンチャッテ文人連中が、ナンチャッテ文人院卒とタッグを組んでも、所詮クソ集まりだ。