父は肝臓のガンで
ここ最近は母と長電話をします。
夜、夫に実家の話をしました。
それを取り除く手術をしました。
それさえ取り除けばまた普通に暮らせると思っていました。
蓋を開けたら
肝硬変になっていたそうです。
ガンは取り除いたものの
肝硬変は治りません。
主治医の先生がいいました。
「お父さん お酒飲んだらあかんわ。
ゴツゴツになってたよ。肝硬変やった。
もし飲むんやったら、断酒できるよう そういう病院に入院しなあかんで。」
もうすぐ75歳になる父。
何度も手術をくり返して身体中は手術痕だらけです。
お気づきの通り、アル中の父は
お酒は辞めないです。
アル中を治すような病院に入院だなんて…
人格がまた崩壊するのは間違いない。
生きたいのか?
死にたいのか?
答えは『生きたい』
でも『飲みたい』
毎日「飲んだら死ぬのわからんの!!」と言われていても
無反応を貫き
「あぁ、死にたいんやね。これ飲んだら大変なことになるんやで。」
と冷静に言うと
「そりゃ 飲みたい。どうせ死ぬなら飲みたい」と
ため息の出るような
どうしようもない答えが返ってきたそうです。
肝硬変の末路は本当に恐ろしいものだと
ネットで勉強しました。
そしてアル中はどんな状況になっても
アルコールを求め、最後まで飲むんだということも再確認しました。
父がどうしたいかを尊重しようかと思うようになりました。
父は『生きるために飲まない』のでは無く
『飲みたい。生きたい』なんだ。
どうせ死ぬなら飲みたいんだと、
ずっと前から言っていました。
飲むために、歩いてスーパーに買い物に行けるようになりたいと、
あれだけ食べれなかったご飯を
もりもりたべて体重が3キロ戻りました。
貧血と体力の無さで歩けなかった日から、少しずつ『歩かなきゃ!』『出かけなきゃ!』『ビール買いにいけるようにならなきゃ!』と、散歩に出かけるようになってきました。
父はお酒と共に生きるんだと思いました。
じゃあ、母と私のできることってなんだろうか。
お酒と共に生きて
お酒と共に自滅してしまう父を
許してあげることなのかもしれません。
ここ最近は母と長電話をします。
母と私の気持ちが少しでも整理できるように2人で話をします。
母は言います。
「命が、生きれるかもしれない命がもったいない。
お父さんにやっぱり少しでも健康に生きていてほしいやんか。」
夜、夫に実家の話をしました。
「もうここまできたら
好きなように生きてもらったらいいやん。」
そう言ってから
グーグー寝てしまいました。
お母さん、私はお母さんを支えたい。
お父さんの事で1人で苦しまないでほしい。
沢山話をしよう。
また長電話しようね。