父母はもう既に家に到着していました。
玄関を開けても誰もでてこない。
洗面所では
父が普通に顔を洗っていました。
開いた傷が痛いだろうに
何も無かったかのように洗う後ろ姿…
ただ、血が洗えば洗うほどに
白い洗面台に流れ見えるので、
長い洗顔となっているようでした。
母がベランダから出てきて
「服もカバンも血だらけやったわ。」
そう私に言ってから、
忙しそうに父の布団を敷きだしました。
病院の旨を伝え、とりあえず父にはバレないようにさっさと家に帰ることにしました。
また、血だらけでめーちゃんを触ろうとするに違いないからです。
免疫力の無い父の血をめーちゃんが舐めては、父が感染症になりかねません。
私は何故か震えているめーちゃんを抱えて
オトの待つ家に帰りました。
「ただいま」
きっと不安だったに違いないオトは、何も聞かないし普段通りの雰囲気でいます。
それから、オトと普通にお昼ご飯を食べ
仕事場に電話し、1時間だけ遅刻させてもらえるよう交渉しました。
そして、慌ただしく父のかかりつけの病院へ向かいました。
着いた頃には救急病棟に案内されていて、
待合のベンチで母が父の上着を畳んでいました。
「傷口が深いから縫うらしいわ。
『痛いよ〜頑張ってね』って先生に言われてた。
『うんと懲らしめてください』って言っておいたわ。
痛い目にあってわからないと。」
アルコール中毒の父はもう断酒しなさいと言われているにも関わらず飲み続けているのです。
本人の『酒を断つ』強い意志がない限り治療は始まらないし、
身内の管理はますますアルコール依存を加速しかねません。
もう、成り行きを見てこちらはそれを静観するしか術がないのです。
認知症も加速し、『酒』への執着は切り離せないものになっています。
『痛い目にあいなさい』という母の気持ちは凄く理解できます。
かと言って、今後も改心はしないだろう。言葉にはしなくても私も母もそう確信しながら…
2人横並びにベンチに座り黙りました。
救急病棟の扉から
声が聞こえてきました。
「痛いけど 頑張ってね」
「口あけてください!」
「えーーー?なに?」
「くち あけて」
先生と看護師さんたちと、父の『え?なんて言ったの?』という「えーー?」の声の繰り返し。
縫おうとしてくれているのに意味がわからず口を閉じ続ける姿が想像できました。