9月の中旬過ぎまで猛暑が続き、どうなることやら?と
ほとほと暑さにウンザリしていたら、ここ数日急に秋らしいと言うより
朝晩は冷え込んで風邪を引きそうな気温になりました。
今月は色々な事が起こり、アッという間じゃなく
とても長い1日が毎日続いたって感じです。
12日に義理父が急死し、あまりの突然に心の準備も何もなくて
いまでも 生きているようなそんな気がするほどです。
最後に話したのは何時だっただろう・・・。
思い出せないほど時間が空いていました。
まだまだ死なない。親はなんだかんだ言っても死なない。
そんな感じで ついつい日頃の雑多に追われて親をないがしろにしていました。
後悔先に立たず。とは本当にその通りで
毎日後悔の日々です。
義理の父を亡くしてこんな気持ちになっているのなら
実の親を亡くしたとき、私はどうなってしまうんだろう・・とか
本当にガラにもなく色々な事を考えました。
だけど 予約落ち着いた今、また日々の雑多に追われて
大事にして行こうと思った残された義理の母へも中々連絡も出来ず
元の生活に戻りつつある、情けない私・・・・。
まあ、自然に、今までより気にかけて無理のない範囲で接して行こうと思ってますけど・・・・。
父が急死して自分が学んだ事は
今、したい事、しておきたい事を、言いたい事を我慢せずにしよう!と
つくづく思いました。
まさか父も12日の早朝に急に死ぬなんて思ってなかったでしょう。
能古の島の「デイケアーセンター」にショートステイで泊まりに行った先で
朝早く、トイレに行った後倒れて脳内出血で急死した父。
離島だった為、救急車が市内まで行けないのでドクターヘリで運ばれた父。
そして天神のど真ん中、「再生会病院」(美空ひばりさんも入院した)で息を引き取った父。
最後まで劇的である。
まさか自分がヘリで搬送されてるとは思っても居なかっただろう。
手の施しうがない、と言われ、延命措置をとるか?ときかれ
それを断った母と義理の弟。
静かにその時が来るまで父のそばで 家族も親族も間に合って
皆に看取られて天国に旅立った父。
父の兄弟も子どもも孫もみんな集った。
こんな事は初めてだった。
霊安室に運ばれてきた時の父の口が酸素マスクをかけていたせいで
大きく開いたままだったので
みんなで顔が固まらないうちにと 口を閉じる為に抑えたり
タオルで巻いたりずっと代わる代わる抑えたり・・・。
手も合わさってなかったので(麻痺があって左手が開かなかった
指を一本一本広げて重ね合わせてあげた。
霊安室でみんなで寄ってたかって父を整えた。
その甲斐あって父の顔はいつもの優しい顔に戻った。
みんなで父に思う存分触れた。
この経験体験はそれぞれの心に色々な形で残ると思う。
上手くは言えないけど 人はいつか必ず死ぬ。
死んだ時、父のようにされたらいいだろうな~~と私は思った。
そろそろ私も前に進もう。
身近な人の死に接すると暫らく立ち直れない程
自分の命を見つめてしまう。
色々な事を考えてしまう。
まだまだ子ども達に言い残してる事、教えて無いこと沢山ある。
どうしよう。。。とか不安になる。
でも何とかなるんだろう。
私は私の時間を生きよう。
ボチボチ生きよう。
のんびり生きよう。
我慢はやめよう。
辛抱はするけど我慢はよそう。
私の時間を大事にしよう。
そのために今日からまた頑張ります。
色々心配かけました。ありがとう♪
ほとほと暑さにウンザリしていたら、ここ数日急に秋らしいと言うより
朝晩は冷え込んで風邪を引きそうな気温になりました。
今月は色々な事が起こり、アッという間じゃなく
とても長い1日が毎日続いたって感じです。
12日に義理父が急死し、あまりの突然に心の準備も何もなくて
いまでも 生きているようなそんな気がするほどです。
最後に話したのは何時だっただろう・・・。
思い出せないほど時間が空いていました。
まだまだ死なない。親はなんだかんだ言っても死なない。
そんな感じで ついつい日頃の雑多に追われて親をないがしろにしていました。
後悔先に立たず。とは本当にその通りで
毎日後悔の日々です。
義理の父を亡くしてこんな気持ちになっているのなら
実の親を亡くしたとき、私はどうなってしまうんだろう・・とか
本当にガラにもなく色々な事を考えました。
だけど 予約落ち着いた今、また日々の雑多に追われて
大事にして行こうと思った残された義理の母へも中々連絡も出来ず
元の生活に戻りつつある、情けない私・・・・。
まあ、自然に、今までより気にかけて無理のない範囲で接して行こうと思ってますけど・・・・。
父が急死して自分が学んだ事は
今、したい事、しておきたい事を、言いたい事を我慢せずにしよう!と
つくづく思いました。
まさか父も12日の早朝に急に死ぬなんて思ってなかったでしょう。
能古の島の「デイケアーセンター」にショートステイで泊まりに行った先で
朝早く、トイレに行った後倒れて脳内出血で急死した父。
離島だった為、救急車が市内まで行けないのでドクターヘリで運ばれた父。
そして天神のど真ん中、「再生会病院」(美空ひばりさんも入院した)で息を引き取った父。
最後まで劇的である。
まさか自分がヘリで搬送されてるとは思っても居なかっただろう。
手の施しうがない、と言われ、延命措置をとるか?ときかれ
それを断った母と義理の弟。
静かにその時が来るまで父のそばで 家族も親族も間に合って
皆に看取られて天国に旅立った父。
父の兄弟も子どもも孫もみんな集った。
こんな事は初めてだった。
霊安室に運ばれてきた時の父の口が酸素マスクをかけていたせいで
大きく開いたままだったので
みんなで顔が固まらないうちにと 口を閉じる為に抑えたり
タオルで巻いたりずっと代わる代わる抑えたり・・・。
手も合わさってなかったので(麻痺があって左手が開かなかった
指を一本一本広げて重ね合わせてあげた。
霊安室でみんなで寄ってたかって父を整えた。
その甲斐あって父の顔はいつもの優しい顔に戻った。
みんなで父に思う存分触れた。
この経験体験はそれぞれの心に色々な形で残ると思う。
上手くは言えないけど 人はいつか必ず死ぬ。
死んだ時、父のようにされたらいいだろうな~~と私は思った。
そろそろ私も前に進もう。
身近な人の死に接すると暫らく立ち直れない程
自分の命を見つめてしまう。
色々な事を考えてしまう。
まだまだ子ども達に言い残してる事、教えて無いこと沢山ある。
どうしよう。。。とか不安になる。
でも何とかなるんだろう。
私は私の時間を生きよう。
ボチボチ生きよう。
のんびり生きよう。
我慢はやめよう。
辛抱はするけど我慢はよそう。
私の時間を大事にしよう。
そのために今日からまた頑張ります。
色々心配かけました。ありがとう♪