さゆりのひとり言-多発性骨髄腫と共に-

多発性骨髄腫歴20年/'08年4月臍帯血移植/「病気は個性」時にコケながらも前向きに/はまっこ代表/看護師/NPO所属

一歩前

2007年01月22日 17時45分24秒 | MM闘病記
最近なんとなく思っていたところに、ある方のブログを読んで、
またもう少し考えた。

もう、9回目になる今回の入院。
(もしかしたら8回かも)
入院するにあたっての気持ちって、不思議とその都度違う。

ベルケイド1サイクル目の入院の時は、
検査も入院してからで良いから、早く入院させて欲しかった。
たぶん、その前の経過・治療がつらかったから。。。

去年の夏ごろからデータが上がってきて、
サリドマイドが効かなくて、
外来版のVADといわれるDAV療法の副作用がきつかった。
効果はそれなりにあったけど、MP療法に変えて。
それもそれなりに効果があったけど・・・

でも・・・

「もう面倒くさいから、結局何かが効いたって、最後にはまた再燃という状況を受け入れなければならなくて、そして、結局結局移植(同種移植)をしなければならないなら、最初っからもう賭けに出させて。それで死んじゃったって、誰ももう文句は言わないから・・・」って思ってた。
「早い事ベルケイドやってみて、どうせ効かない、というのを確認して、
治るか死ぬかの賭けに出させて!」
って思ってた。

仕事もしながらで、心も身体もしんどかったんだと思う。
とにかく、休みたい。
入院、という誰にも文句を言われない状況で仕事を休みたかった。

だから、入院出来ることが有難いとさえ思っていた。

ところが、

1月7日に退院して、17日に外来に来たとき、
エレベーターに乗り合わせた入院患者さんを見て
「また入院するなんて・・・もうやだよぅ・・・」
って思った。

昨日入院するまでの2週間。
仕事は休んでいたし、体調はそう悪くなかったし、
だから、いやだったんだと思う。
今の自分の心と身体の感覚としては、入院という環境を求めてはいない。

人って、自分の力をちゃんと把握していて、
一歩前を見て歩くことが出来るように出来ている、
と思うことがある。

歩けない時は、普通に歩けることがうらやましくて、
(つまり、歩けるようになることが目標になり)
普通に歩けるようになると、そんなことへの感謝はすっかり忘れてしまい、
走る人を見ては、良いな~って思う。
走っている人に、「歩けない人にしてみたら歩けることそのものがすごいことなんだから、感謝しろ」と言ったって無理な話だし、無駄な話。
無駄ではないかもしれないけど、
走る人が、それを日々感謝しないことが悪いことではない、というか。
今の現状を把握して、一歩前を見ていることのほうが大事、
というか、そういうものなんじゃないかな、って思う。

そう考えると、私は、間違いなく1サイクル目よりも元気になっているし、
そういう感覚も持ち合わせている。
入院なんてしたくない!って思えることが嬉しい。

かといって、じゃあ、これが終わったら仕事が出来る!
仕事したい!
とは、まだ思えないんだけどね・・・。
心と身体の一致を待たず、働かないと・・・。
働かざるもの食うべからず!なんだろうな。




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3 コメント

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同感です。。。 (iwaiwa)
2007-01-22 22:26:17
私も同じ様に感じます。
一歩前、良い言葉だと思います。

いのちの輝きの本予約しました。
本屋さんで売らないのですね。
もったいないような気もします。。。
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iwaiwaさんへ (さゆり)
2007-01-23 11:50:21
今月のロハス・メディカルに審査員特別賞を授賞した作品が掲載されています。
とても、素晴らしい作品だと思います。
病院などにお立ち寄りの際には、是非お手にとってご覧なってください。

・・・でも、予約されたという事は、もうお読みになられましたかねえ。
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よみました (iwaiwa)
2007-01-23 22:20:15
ロハス・メディカルの定期購読者です。
すばらしいです。。。
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