7月1日(金)朝日新聞朝刊の一面にピロリ菌の記事が載っていた。
おっと、今日は人間ドック受診者からもいろいろ聞かれるかもしれない、
なんて思ったが、話しかけてきたのは一人だった。しかも私ではない。
まあ、そんな話はまあどうでも良い。
私も、家に帰ってから早速記事に目を通した。
しかし、記事が述べているように画期的な発見には至らない印象を受けた。
それは、私が今は人間ドックという部署で携わっているからだとも思った。
なぜなら、今回の研究対象が「ピロリ菌感染者で慢性胃炎になった患者」だからだ。
結局、私が人間ドックの看護師として受診者と接する上ではあまり生かされない情報、
というわけだった。
またまた話題にのぼりそうな「ピロリ菌」
「ここのドックではピロリ菌の検査は出来ないのか」とかいう質問が増え
その度に「あのですね~・・・」
って、説明しなければならないのか・・・
でもね、いくら胃がんが多いからといったって、
やっぱり、別の病気にかかることだってあるし、
それだけ気おつけていれば安心、ってないように思う。
自分がどんな病気になるか、あれこれ想定してみたところで当たる確立は低い気がするし、
何よりも、そんなことを気にする時点で不健康。
この先何が起きても、ではなくて健康でいられることを想定し、そのために今の生活習慣を見直す、っていうことが必要なんじゃないかと思う。
それはたぶん、自分の病気を20代で発病した私は日本で探しても一人いるかいないかだと思うし、
まあ、特別どんな病気になるかも、なんていうことで気をつけていたことは無かったから、
はずれた、とかは思わなかったけど、病気してみて分かるのは心身ともに健康に過ごしてきてはいなかったということ。
不平不満の毎日だった、ということではなくて病気になってみないと分からなかったのは
頑張りすぎていたこと、頑張ってはいないと思い込んでいたこと、ストレスを自覚していなかったこと・・・
やっぱり、日々、自分の心身に語りかけることが大切なんだと思った。
疲れてない?
頑張ってない?
無理しすぎていない?
って。
「かたちあるものは壊れる」
この、今の肉体を使えるのも一時だけ。
永遠、ということは無いのだから、大切に使いたい、と思う。
・・・
話がそれた。
ピロリ菌ね、そうそう。
まあ、私もピロリ菌に感染しているのかどうか気にはなるけど、
それって、占いみたいなものかもしれないな~
おっと、今日は人間ドック受診者からもいろいろ聞かれるかもしれない、
なんて思ったが、話しかけてきたのは一人だった。しかも私ではない。
まあ、そんな話はまあどうでも良い。
私も、家に帰ってから早速記事に目を通した。
しかし、記事が述べているように画期的な発見には至らない印象を受けた。
それは、私が今は人間ドックという部署で携わっているからだとも思った。
なぜなら、今回の研究対象が「ピロリ菌感染者で慢性胃炎になった患者」だからだ。
結局、私が人間ドックの看護師として受診者と接する上ではあまり生かされない情報、
というわけだった。
またまた話題にのぼりそうな「ピロリ菌」
「ここのドックではピロリ菌の検査は出来ないのか」とかいう質問が増え
その度に「あのですね~・・・」
って、説明しなければならないのか・・・
でもね、いくら胃がんが多いからといったって、
やっぱり、別の病気にかかることだってあるし、
それだけ気おつけていれば安心、ってないように思う。
自分がどんな病気になるか、あれこれ想定してみたところで当たる確立は低い気がするし、
何よりも、そんなことを気にする時点で不健康。
この先何が起きても、ではなくて健康でいられることを想定し、そのために今の生活習慣を見直す、っていうことが必要なんじゃないかと思う。
それはたぶん、自分の病気を20代で発病した私は日本で探しても一人いるかいないかだと思うし、
まあ、特別どんな病気になるかも、なんていうことで気をつけていたことは無かったから、
はずれた、とかは思わなかったけど、病気してみて分かるのは心身ともに健康に過ごしてきてはいなかったということ。
不平不満の毎日だった、ということではなくて病気になってみないと分からなかったのは
頑張りすぎていたこと、頑張ってはいないと思い込んでいたこと、ストレスを自覚していなかったこと・・・
やっぱり、日々、自分の心身に語りかけることが大切なんだと思った。
疲れてない?
頑張ってない?
無理しすぎていない?
って。
「かたちあるものは壊れる」
この、今の肉体を使えるのも一時だけ。
永遠、ということは無いのだから、大切に使いたい、と思う。
・・・
話がそれた。
ピロリ菌ね、そうそう。
まあ、私もピロリ菌に感染しているのかどうか気にはなるけど、
それって、占いみたいなものかもしれないな~
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