さゆりのひとり言-多発性骨髄腫と共に-

多発性骨髄腫歴20年/'08年4月臍帯血移植/「病気は個性」時にコケながらも前向きに/はまっこ代表/看護師/NPO所属

ドタバタ週末温泉旅行~麻薬は大事だよ~

2009年03月30日 22時11分44秒 | 日記
先週末は先輩と伊東に温泉旅行。
実家がある伊豆高原までは目と鼻の先ですが、今回は一泊二日で帰る予定。
切符も手配し、準備万端。

ゆっくり温泉旅館に行くのは久しぶり。
2年ぶりくらいになるのかなあ。。。
緊急入院、移植、頑張ったご褒美。
来月から仕事だからね。復帰前の最後のご褒美。

一泊、だから大した準備も要らない。けど、
大事なのは薬。
これだけは、と、前日の夜に準備をした。
しかし、前日は予定外の外来受診で疲れていた。
半分眠気眼で、
母には「そんなんで準備したら間違えるわよ~」
なんて言われながら、準備。
大丈夫、これは慣れみたいなものだから、間違えるはずがない。

出発日の早朝、電話に出ている母の声で目が覚めた。
時刻は8時前。
土曜日の8時前に電話。
嫌な予感がして飛び起きた。

電話を持つ母が叫んでいる。
「なに?」
「なんなの?どうしたのよ!!」
「ちゃんと言わないと分からないわよ!」
「え?」
「なに?」
「聞こえないのよ!なに?」

電話の相手は、伊豆高原に住む姉らしい。
誰かの生死にかかわることなのではないかとドキドキする。
電話の向こうでは泣きじゃくり動揺していて会話にならない。

万が一に備え、
事の事態によっては、聞いた母が倒れるのではないかと思い、まだ頼りない私の身体で、精一杯母の身体を支えた。

どうも姉の夫婦間の問題らしい。
ひとまず事件事故ではないとわかった。
しかし、姉一人、二世帯同居中の父は不在、子供達はまだ寝ていたようだが、
パニック状態で、精神的にもたない、と。

とにかく、子供たちを預けに行くこと、
そして、母が急遽伊豆高原に向かうことになった。

あわただしく母が準備をし、一足先に家を後にする。
私が購入していた切符を使った。

私も落ち着かなかった。
急に家を空けることになってしまうので、ゴミを捨てたり掃除したり。
私も、伊東から伊豆高原に行かなければならないかもしれない。
手配していた切符がどうなるだろう。

途中、母がいく時間を伝えようを姉に電話したら、
姉の携帯に父が出た。
??
なんでも、子供たちを預けに行った帰り、家の目の前で事故を起こしたという。

何て言うことだ。。。
相手が悪かったらしく、手からも入れ墨をのぞけるヤクザさんの車だったらしい。

ちなみに、父は姉がパニックになっていることを知らない。

とにかく、母が向かっていることを伝えた。
その後、姉からも電話。
しばらく話を聞いた。

私は、一緒に行く先輩に対して失礼のないようにしなければならない。
といっても、家族の突然のトラブルに私も動揺が隠せない。

帰りの切符は変更できたので、一日帰るのを延長し、伊豆高原に向かうことにした。
先輩には申し訳なかったが、帰りは一人、そのまま予定通り東京に戻ってもらい、私は近くに住む彼に伊豆高原まで送ってもらうことになった。

温泉はとっても良かった。
部屋についている温泉はさらりとしていたが肌もしっとり、体も温まった。
ご飯もたくさん出て、どれもおいしかった。
地の魚などを使った、和風フレンチといったところか。
とにかくいったんは家族のことを置いて、のんびりと過ごした。

しかし、問題があった。
常備薬が一日分しか用意していなかったのだ。
延泊するのは良いが薬が足りなくなった。
こと痛み止めに関しては、なぜか一日分さえも足りなかった。

普段なら、常に痛み止めは持ち歩いているし、旅行に出かけるときは余分に準備していたものなのに、今回に限っては痛み止めが全く足りなかった。
2泊することを考え、通常の1/3に減らして飲むことにした。
麻薬の痛み止め。
それ以外の、鎮痛薬は持っていたので、組み合わせれば何とかなると思った。

旅館の朝は早くに目覚め、まだ日も昇りかけの5時過ぎから温泉に一人入っていた。
朝食の前にも先輩と一緒に入った。

そして、朝食。
昨晩のボリュームが多かったせいか、入っていかない。
なんとなく調子が悪いので、食事の途中で再び布団にもぐった。

調子が悪い。

先輩は朝食後最後の温泉を楽しんでいた。
私は、迎えに来てもらう彼に、
少しはやめに来てもらうように連絡をした。

痛み止めをちゃんと飲んでいないからだと思った。
それから、湯あたりも少しあるのかな。
とにかく、彼に病院に連れて行ってもらおうと決めて、
残っていた薬を飲んだ。

道に迷った彼はチェックアウトぎりぎりに到着した。
先輩をまずは伊東駅まで送り、お別れをした。

そのころには、追加で飲んだ薬が効いて少し調子が良くなっていた。
しかし、もちろんそれで残りがなくなってしまった。
オキシコンチン。20mgを一日8時間おきに2錠飲んでいる麻薬。
これからもう一泊するというのに、残りはなくなった。

麻薬なので大きな病院でしか対応してもらえないだろうと思った。
伊東から一番近い伊東市民病院に電話してみた。
しかし、急患対応中、ということで近くの小さな個人病院を紹介された。
忙しいというのもあってか、電話の対応が悪く、彼も印象を悪くしていた。
紹介された個人病院に確認してみたが、やはり、薬がないと言われた。

そこからさらに車で1時間弱の順天堂大学静岡病院に電話してみた。
ところが、こちらも急変対応中とのこと。
1,2時間は対応できないと言われた。
しかし、電話の対応は非常に丁寧であった。
いずれにしても待つのであれば、と、順天堂大学病院に向かった。

到着すると、電話で話した内容がきちんと伝わっていて、スムーズだった。
それほど待たずに対応してくれた。
さすがに麻薬を初診で処方するということで、
かかりつけの都内の病院にカルテ番号を伝え問い合わせ、確認を取った上で処方してくれた。

くだらないことで迷惑をかけてしまった。
同じ医療者としてはとっても恥ずかしいことだが、もう、仕方がない。
彼がいてくれてよかった。
薬をもらった頃にはだいぶ良くなって、途中軽食を取ってから実家に向かった。

実家に行ったものの、私はただずっと寝ていただけだった。
延泊したのなんてあまり意味がなかった。

それにしても、薬はちゃんと飲まなきゃいけない。
なんとか大丈夫かな~なんて言うのは甘くて、結局迷惑かけただけだった。
やっぱり、まだ必要な量を飲んでいるということも分かった。
これも仕方のないこと。
だからやっぱり、まだ、無理しちゃいけない。

家族の問題は解決なんてしていなくて、
これからどうなる事やら。。。

せめて、自分のことは自分で、もう少しできるようにならないと。

明日、朝から、パン教室の体験コースです。


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