昔日、肥前春日流を再興した上滝師範と、和泉市鶴山台で、道場を起こした。
それは、基道館を辞して7年目ころの武者修行中の出来事だった。
古流、しかも秘術、また上滝師範は優れた術者であった。
入門希望者がくるくる!
その中に、私の最初の弟子となる、蘭水ちゃんとか(蘭水ちゃん、見てるか)今夜天王寺で飲んだ、仁さんとか、基道館を立ち上げることになった、訪問者とかいた・
訪問者は、まず、塾長兄弟。翌日無学庵(高校一年生)
彼らは、自分だけのための修行をしていた私に「無双直伝英信流」の教えを乞うために訪れた。
仕方ない!私は自分のためにする修行をあきらめて、追随する(後から来る)人のために、ブドウ人生の舵を180度転換した。
現在の基道館という我々の船は、自らを運ぶためではなく、おぼれている(失礼、迷っている)他の人も乗れるだけ乗せよう。 大乗居合の出発だった。
その時、私は、先師の言葉(命令)を遂行しようと決心した。そういう時節が来るものだ。
日本ブドウの核心、居合を復興せよ!
決して、折れるな!
時勢に媚びるな!
その言葉は、遠い地点(450年前)から発信された信号にシンクロしたために受信したのだろうか。
まことに不思議な体験だ。
今夜は肥前春日で同じく修行した、Jさんと天王寺で飲んだ。
私の苦衷を「Jさん、愚痴を聞いてくれるか?」
彼はしばらく聞いた後で
J「先生、それは、それだけの人だったということに、落としたらどうでしょう」
まことに至言、そうですね。
修行を、自分の領域だけで満足する人、日本ブドウの復興に尽力する人。
立場が違えば、すべて正しい。どの人にもそれぞれの理屈、正義があるだろう。
それだけのことだ。
他者に、私以上にブドウにシンクロしてくれという願いは、過剰の願いだった。
いわば私の邪心だ。
自分の努力で巻き返す、私についてくる師範たちにも言いたい。
私は過剰な期待は捨てた。
以降、諸氏らの覚悟次第である。
切岸の祖国、愛の国ヤマト、武士道精神の復活を祈念する。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます