妻の死
草野 天平
糸巻きの糸は切るところで切り
光った針が
並んで針刺しに刺してあるそばに
小さなにっぽんの鋏(はさみ)が
そっとねせてあった
妻の針箱をあけて見たとき
涙がながれた
針仕事を終わったあと きちんとかたつける。
それは 一日の仕事のおしまいでであると同時に
明日の仕事が いつでもはじめられる準備でもある。
縁の下の力持ちとして 目たたずつつましく生きるのほんの女の
あまりにもあたりまえであるがゆえに
ほめるのもいささか気がひけるような美しいたしなみである。
男はいっしょに暮らしていても
そんなところまで気をとめようともしないが
二十九歳の若さで亡くなられて
ボタンのとれたのを自分でつけようと針箱をあけたとき
そこに故人の俤(おもかげ)を見たのであろう。
故人は生きていた時と同じつつましさで 黙ってひかえていた。
天平でなくても
・・・ しみじみと涙が流れようというものだ。
一瞬一瞬を大切に心をこめて生きた故人の一生を
その針箱の中味が荘厳している ・・・ といえよう。
私たちの遇(あ)っている一瞬一瞬は
完結であると同時に 永遠なのであるまいか。
私たちは何気なく見過ごしているが ・・・
日々の仕事のきりをつけるのは
・・・ 一瞬の完結であるとともに 未来への出発であろう。
* 2010.11 東ブータンで
草野 天平
糸巻きの糸は切るところで切り
光った針が
並んで針刺しに刺してあるそばに
小さなにっぽんの鋏(はさみ)が
そっとねせてあった
妻の針箱をあけて見たとき
涙がながれた
針仕事を終わったあと きちんとかたつける。
それは 一日の仕事のおしまいでであると同時に
明日の仕事が いつでもはじめられる準備でもある。
縁の下の力持ちとして 目たたずつつましく生きるのほんの女の
あまりにもあたりまえであるがゆえに
ほめるのもいささか気がひけるような美しいたしなみである。
男はいっしょに暮らしていても
そんなところまで気をとめようともしないが
二十九歳の若さで亡くなられて
ボタンのとれたのを自分でつけようと針箱をあけたとき
そこに故人の俤(おもかげ)を見たのであろう。
故人は生きていた時と同じつつましさで 黙ってひかえていた。
天平でなくても
・・・ しみじみと涙が流れようというものだ。
一瞬一瞬を大切に心をこめて生きた故人の一生を
その針箱の中味が荘厳している ・・・ といえよう。
私たちの遇(あ)っている一瞬一瞬は
完結であると同時に 永遠なのであるまいか。
私たちは何気なく見過ごしているが ・・・
日々の仕事のきりをつけるのは
・・・ 一瞬の完結であるとともに 未来への出発であろう。
* 2010.11 東ブータンで