旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

楼蘭の眠れる美女

2016年01月08日 18時40分47秒 | エッセイ
楼蘭の眠れる美女

 タリム盆地、北に天山(テンシャン)山脈、南に崑崙(コンロン)山脈。山に囲まれた楕円形の盆地の大半は砂漠、世に言うタクラマカン砂漠である。この砂漠の大きさは約32万k㎡、日本列島全部の面積よりわずかに小さい。タクラマカンとは、入ったら二度と出てこれない、の意味だ。
天山北路は、天山山脈の北側を通る草原の道。敦煌より西に向かって、高昌(トルファン)、庫車、喀什を経て南下すれば天山南路に合流し、そのまま西方に向かえばサマルカンドに至る。
 天山南路(西域北路)は天山山脈とタクラマカン砂漠に挟まれた道。主なオアシス国家は、紀元前1世紀(漢代)に楼蘭を起点として東から車師前、焉耆、亀茲、姑墨そして琉勒(カシュガル)へ至る。
 西域(さいいき)南道は、タクラマカン砂漠と崑崙山脈に挟まれた道。楼蘭から西に向かって、且末、精絶、玉で有名な于闐(ホータン)、莎車を経て琉勒(カシュガル)へ。
こんな漢字の羅列を見ても頭が痛くなるだけだ、という人もいるだろう。しかし高校生の頃の自分にとってこれらのオアシス国家群の名称や、対匈奴戦で漢が派遣した将軍の名前(李広、衛青、霍去病)は宝石のように輝いていた。大宛の汗血馬、張騫や班超の冒険と活躍、万里の長城を超えて匈奴の呼韓邪単于に嫁いで行く王昭君。

 渭城の朝雨 軽塵を潤し 客舎青青 柳色新たなり 君に勧む更に尽くせ一杯の酒 西の方陽関を出づれば 故人(知人)無からん。

 文献の中で楼蘭の名が現れるのは『史記』匈奴列伝が最初で、紀元前176年に楼蘭が月氏の勢力圏から匈奴の支配下に入ったと記されている。漢の武帝が即位するのは紀元前141年、その後漢は対匈奴積極策を採る。楼蘭のような小国は漢にも匈奴にも人質を送り、両属しなければ生き残れない。楼蘭は早い段階から仏教の強い影響を受けた。400年に楼蘭を訪れた中国僧の法顕は、鄯善国(楼蘭の後の国名。最初の楼蘭とは場所が離れている。)に4千人の僧侶がいて、悉く小乗(上座部)を学んでいたと記している。
 楼蘭の遺跡から出土した漢文文書の下限は330年頃なので、楼蘭は間もなく放棄されたと考えられる。かつての楼蘭地方に流れ込んでいたタリム河の下流が堆積作用の進行に伴って、四世紀ごろに流路を南に変え楼蘭に水が流れてこなくなったのだ。7世紀に玄奘三蔵が天竺(インド)からの帰途、廃墟になった楼蘭に立ち寄った際に「城郭有れども人煙なし。」と『大唐西域記』巻五に記している。
 近年になって砂に埋もれた楼蘭を発見したのは、スウェーデンの地理学者スヴェン・ヘディンだ。彼の二度目の探検で1900年3月23日に偶然発見した。従者の一人、ウイグル人のエルデクが前日宿泊した廃祉に円匙(シャベル)を置き忘れたことに気がついた。シャベルは隊に一本しかなく、テントの設置に欠かせない貴重なものだったので、彼は一人でそれを取りに戻り、その途中で砂に埋もれた古代都市を見つけた。それが楼蘭だった。
 ヘディンはその翌年にも訪れ木簡や紙文書を多数発見した。イギリスの考古学調査隊が派遣したオーレル・スタインの探検隊は1906年12月に楼蘭の遺跡を調査し、多数の古文書を発見。1908年に西本願寺法主、大谷光瑞が派遣した第二次大谷探検隊の青年僧、橘瑞超が楼蘭故城を訪れ有名な『李柏文書』等を発見している。橘は1911年にも訪れ、壁画等を収集した。その後は軍閥が抗争を繰り返す無法地帯となり、入域できる状況ではなくなった。
 ちなみに楼蘭やニヤで発掘された仏教壁画には有翼の天使が描かれているが、その顔は目が大きくて何か地中海の遺跡のもののようだ。不思議な魅力を感じる。ヨーロッパの顔をした仏教僧がいたんだろうか。
 ヘディンはタリム河が1,500年周期で下流が南北に振れる川で、ロプ・ノールは振り子のように移動する湖だ、という仮説を立てた。すると1934年タリム河下流は流れを変え、ヘディンの仮説の通りにロプ・ノール湖が楼蘭故城近くに千数百年の時を超えて戻ってきた。千年単位の地球規模の変動を、人の短い一生の間に具現出来るとは、奇跡に近い話しだ。70歳近いヘディンは、かつてラクダで旅した道をカヌーで下って行く。
 この探検は彼が地理学上の自説を証明出来た喜びと、33年ぶりの再訪の興奮で始まる。しかしヘディンの「さまよえる湖」説は、全面的に正しかった訳ではない。現に今、ロプ・ノール湖は干上がってしまった。まさかこの地方で過去に行われた、たび重なる核実験のせいではあるまい。天山山脈の万年氷河が溶けきってしまったようだ。
 さて第二次世界大戦が始まる五年前に行われたヘディンの探検は、地方軍閥と中華民国の間の危うい均衡の中で行われた。この地域の探検は、常に軍事勢力の合間を縫って行われてきた。この探検行でヘディンは「楼蘭の美女」「砂漠の貴婦人」などと名付けられた若い女性のミイラを、楼蘭故城近くで発掘している。月下の発掘は、この本「さまよえる湖」のハイライトだ。
 「王女の顔の肌は羊皮紙のように固くなっていたが、顔立ちや面差しは時の移ろいによって変わってはいなかった。王女は瞼を閉じて身を横たえていたが、瞼の下の眼球はほんの心持ちくぼんでいた。口もとには今なお笑みをたたえていた。その笑みは何千年の歳月にも消えることなく、人の胸に訴えかけてくる。-----「楼蘭の王女」は、二千年の眠りから掘り起こされ、星明りに照らされて今一度まどろんだのである。」(『さまよえる湖』より)
 この女性のミイラはそのまま埋め戻され、その後60年の眠りについた。この地域は太平洋戦争、国共内戦、中華人民共和国建国、大躍進、文化大革命といった混乱と激動の歴史に揺れ動く中で忘れ去られ、ようやく近年になってから調査が始められた。NHKや椎名誠氏が訪れた頃が調査の始まりである。ヘディンが発掘した「楼蘭の王女」他多数のミイラが中国の調査隊によって発掘された。それらのミイラが、ヨーロッパ系白色人種(コーカソイド)の特色を現していることはすでに記した。(白人のミイラ)
 この貴婦人のミイラは発掘当時肌の色の白さが際立っていたが、空気に触れ現在では黒檀のように黒ずんでしまった。ヘディンは彼女が古の楼蘭王国の繁栄を楽しみ、匈奴や漢の軍勢を目にし、砂漠を行く隊商のラクダが着ける鐘の音が重なり合うのを耳にした事だろう、と語っている。誰でもそう思う。ところが衣服(後にミイラ本体)の炭素測定の結果は意外なものだった。彼女は紀元前1,800年、他のミイラは紀元前2,000年という古いものであった。彼女は2,000年ではなく、4,000年近い眠りを過ごしてきたのだ。年齢も40歳ほどであった。お釈迦様よりも遥かに古い時代の人だった。
 それほど古くから(もっと以前からかもしれない。)ここには人が住み、集落があった。どんな生活を営んでいたんだろう。衣服・装飾品を見るとかなり進んだ文明が伺える。彼らはどこから来たのだろう。彼女は何と呼ばれていたのか。トハラ人?トカラ語?謎だらけだ。
 西域、敦煌、楼蘭、天山、崑崙。この地は永遠に自分の中で憧れの地で有り続けるだろう。いつの日にか楼蘭故城を目にする事は、果たしてあるのだろうか。可能性は低いがゼロでは無い。椎名誠は旧ロプ・ノールの湖底には小さな巻貝が無数に敷かれている、と言っていた。椎名氏は井上靖氏にその巻貝を持ち帰っている。その時は俺もお土産にしよ。



あったま来た!

2016年01月08日 18時37分00秒 | エッセイ
あったま来た!

 人間が小さいから直ぐに腹が立つ。三回押さないと点かない百円ライター。まだ少し残っているのに点いたり消えたりするライター。あったま来る。子供の頃、親父がTVに向かって散々悪態をついているのを見ていやだなと思ったが、今自分が同じことをしている。無性に腹が立つTVCMとかあるじゃない。阿部譲二だったか、ヤーさんOBの書いた本を読んでいたら、ヤー公の先輩がTVを見ながらCMに因縁をつける練習をしている光景が出てきた。絡んでなんぼ、いちゃもんをつけるきっかけを探す練習だ。こちらの方がただの悪態よりも頭がいるね。
 TVCMに悪態をつくことの被害者はカミさんだ。女は腹の中はともかく、周りに敵を作らないよういつも気を使っているから、あからさまな暴言や悪態を極端に嫌がる。「自分だってデブのくせに。」「まるで年よりだよ。」とか一生懸命俺をやり込めよう、より大きなダメージを与えようと頭を高速回転させているのは、時々的を得て腹が立つがちょっとかわいい。
 さて今回のあったま来た!はインスタントコーヒーだ。職場でコーヒーを飲む回数は、冬場で一日に4-5杯、結構な付き合いだ。24時間または30時間勤務だからね。缶コーヒーを買っていたら大変なのよ、お金が。それに無糖はマズいし、微糖は甘すぎる。ドリップ式のコーヒーはうまいし、そうしていた時期もあったが今はインスタントだ。ドリップ式は高いし面倒、おまけにゴミの処理がやっかい。インスタントはスーパーで安いのを買ってくるのだが、正月だしたまにはいいかと奮発した。
 コーヒー専門店に入って、見慣れないビン(中型の大きさ)を少々お高い値段で買ってきた。ところが、ところが、楽しみにしていたのにこれが、まずい。ショックだ。苦味が全くない。コーヒーの香りがしないで何かいやな匂いがする。味は?ウーン、微妙。ふざけんな、とブン投げるほどまずくはないが、何か変な香料を混ぜたような。この香料がトイレの消臭剤の香りならブン投げるが、そこまでひどくはない。飲めなくもない。こんなもんか?いや、やっぱりまずい。くそ、数百円高く払っているのに、これかよ。あと百数十回これを飲む度に頭にくるのか、チクショー。繰り返すが人間が小さいのだ。
 今、微妙で思い出した。あるお姉さんの話しだ。どこかで読んだのか聞いたのかは忘れた。彼女が電車に乗っていた。昼間で電車は空いている。彼女が座っている席の前に中坊(中学生男子)が二人座った。彼女を見て何やらヒソヒソ話を始めた。と、一人が言う。「ウーン、微妙。」これだけがはっきりと聞こえた。えっ?何、何?何が微妙なのよ。気になるじゃない。何の話よ。
 でもこれは本人も薄々と感づいているはず。「xxに似ていると思わない?」とかではない。「あの女の人、美人だと思わない?」これだ。余計なお世話、腹立つよな。でも人ごとだと思うと正直笑える。楽しい。ごめんね、お姉さん。でも女優でもいるよ。美人なんだかブスなんだかさっぱり分からん。見る度に違う女のような気がする。名指しは避けるが、菅野美穂とか、あっ言っちゃった。